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15/21

15-試合終了。そして……

――アリーナ中央

「立てるか?」


 俺は大の字になって横たわる、グンディバルトに手を差し伸べる。


『〜〜〜〜』


 ダニエルの通訳に何事か答えつつ、ヤツは俺の手を取る。


「『ああ、すまんな』だってさ」

「ところで、ダニエル。ここって、ローマの剣闘士みたいな扱いを受ける事はないよな?」


 敗者は死なねばならない、などという掟は正直後味悪い。


「うん、無いよ。この世界は地球ほど人口いないし、大神殿の領土もそれほど大きくないんだ。そんな事やってたら、優秀な人材がいなくなっちゃうよ」

「そうか」


 さっきまでの戦いを見る限り、敗者の扱いはそう酷いモノではなさそうだったしな。

 俺たちは肩を並べ、アリーナを後にした。

 と、聞き覚えのある声が響く。

 ふと見ると、ヴェルディーンの後方に、見知った顔があった。

 アスリか……見に来てくれていたのか。

 それは有り難いけど、仕事サボってたりとかしてないだろうな? またエセンに怒鳴られるぞ……。



――控え室

「はい、お疲れさん」


 ダニエルがソファに座った俺に、コップに入った飲み物を差し出す。


「おう。ありがたい」


 それを受け取る。

 半透明な、水色の液体だ。


「コイツは一体?」


 その匂いからすると、何かのジュースの様だが、色がな……


「ああ、コレはティーレアっていう植物を絞ったモノだよ」

「へぇ……じゃあ、いただくか」


 この世界独特の植物か。

 甘さとわずかな酸味を感じる。リンゴジュースっぽいかもしれん。それよりも、だ……


「何だコレは? 身体が……」


 身体の奥底から、力が湧いてくる様な……。


「ああ、それね。ティーレアって生命の果実と呼ばれているんだ。万病に効くといわれているよ」

「なるほどな。異世界の植物には、こんなモノも存在するのか。……もしかして、貴重なモノだったんじゃないか?」

「うん。昔はね。ごくわずかな例外を除いて、この闘技場の勝者にのみ許された飲み物だったんだ。今はある程度量産に成功したからそうでもないけどさ」

「なるほどな……」


 気がつけば、身体中の痛みが引いていた。先刻の戦いで受けたダメージから相当回復しているのだろうか。

 これが地球にあれば、不治の病に冒された人も救われるのかもしれんな。いや……一部の連中に独占されるだけか。


「ああ、そうだ……“治癒”」


 ダニエルが呪文を唱えた。

 柔らかな光が俺を包み……


「……!」


 気がつけば、あちこちの腫れもなくなっていた。大したものだな、魔法ってのは。

 そういえばここ数日、古傷の膝や脇腹が疼き出す事はなかった。転移直後にあの泉につかり、姫巫女から治癒魔法を受けたおかげかもしれん。


「おおっ、いい感じで効いてるね。転移者相手の治癒魔法は大抵効果が半減しちゃうんだけど、敬吾サンの場合は持ってる生命力がケタ違いだから、回復力も高いね」

「ふむ……そうなのか?」

「この世界の人間なら助かる様な怪我でも、異世界人の場合は回復力が足りずに助からない場合もあるんだよね。残念ながら……」


 ダニエルの声に、一瞬悲しみの色が混じった。

 そういえば、飛行機事故でこっちに転移してきたとか言ってたな。おそらく、その時に死んでしまった人間もいたのだろう。


「……ああ、そうだ。表彰があるから、風呂で汗を流してきてよ」

「分かった。……ああ、そうだ。この世界の風呂ってどうなってるんだ?」

「あ〜そうか。なら、僕も一緒に行くよ」

『なら、あたしも〜』


 いきなり脳内に響く声。

 アスリか。


「オイオイ……」


 いつの間にか控室に入ってきてやがる。着替え中だったらどうするつもりだ。

 ダニエルも何やら言っている。が、


『何よ〜、減るもんじゃないし』


 …………。

 どうやらダメだったらしい。



 そして、しばし後、

 とりあえず彼女にはここで待ってもらう事にし、俺達は浴場へ向かった。

 ……待ってくれたら良いんだけどな。



――浴場

 広い大理石造りの浴場には、幾つかの浴槽が用意してあった。

 さらにその奥にはサウナもあるらしい。

 とりあえず洗い場で身体を洗うと、湯船に入る。


「ふぅ……癒されるな」

「うん。いい湯だねぇ……」


 隣にダニエルが来た。

 ここは闘士や関係者用の風呂だが、通訳として一緒にいてもらっている。

 にしてもコイツ、一見細身だが、アスリートの様に鍛えられた身体をしているな。

 闘技場に出ても、相当やれるんじゃないか?

 ……と、その反対側から声をかけられた。

 ああ、見覚えがある。そうだ。先刻戦ったグンディバルトだな。


「『アンタ、強いな』だってさ」


 ヤツの台詞をダニエルが通訳してくれる。


「ああ。アンタもな。最後のは、上手く切り返せなけりゃヤバかったよ」


 そうして暫し、格闘技について話し合う。ダニエルも割と格闘技には詳しいので、意思の疎通はスムーズだ。

 この男とは、良い友になれそうだな。

 と、そこに、


『お酒、お持ちしました〜』


 酒を持った使用人……って、アスリかよ!


「ちょっと待て! なんでここに?」

『いいじゃないですか〜。ちょっとぐらい。では、ごゆっくり〜』


 彼女はトレーに乘ったグラスと酒瓶を置いて、去っていく。


「う〜ん、ああいうの何て言ったっけ? フジョシ? いや、違ったかな……」


 いや、それを俺に聞かれても困るんだがな〜。



――夕刻 アリーナ

 メインイベント終了後、戦いの勝者達は一度アリーナに集められ、表彰を受ける。

 アリーナに面した貴賓席に現れたのは、姫巫女エルリアーナ。

 大地母神の巫女である彼女が表彰を行うのは意外だが、これはかつて、勇者を選ぶ儀式の名残であるらしい。

 “勇者”とは、天空神アルジェダートの代理人としてこの世界の脅威と戦う存在であるらしい。

 かつてはその候補者がこの闘技場へ集められ、勝ち抜いたものが勇者の称号を得たとのことだ。

 ふ〜む、魔王に勇者ねぇ……

 ガキの頃によくやったコンピューターゲームみたいだな。

 まぁ、いいさ。俺もまたこの世界に縁があるのなら……ここでしばらくは闘士として生きていくのも悪くはないだろう。

 俺自身、おそらくこういう生き方しか出来ないだろうしな。

 おっと……よく見れば、シェカールとかいうオッサンもいるな。

 まーた酔っ払ってる様だがな……。

 優秀な剣闘士とかをスカウトに来たのかもしれん。あるいは、こういう戦いを見るのが好きなのか。

 まぁ、顔見知りになっておいて損はない人物だな。初見で投げ飛ばしちまったけどさ……。



 表彰が終わった。

 俺には幾らかの報奨金が出た。とりあえず暫くの生活資金を残し、後は俺自身を買い取る金に充てるつもりだ。

 奴隷生活も悪くはないが、それでも幾らかの自由は欲しい。

 ここで勝ち続ければ、遠からずこの首輪ともオサラバできるはずだ。

 そしてこの後は、打ち上げの宴会だそうな。

 ちょうど俺が転移してきた時も宴会をやっていたな。あそこまで豪華なモンじゃないとは思うが、楽しみだ。



「ン? 何か……」


 と、ダニエルが顔を上げた。

 ふと見れば、姫巫女やヴェルディーンも上空を見上げている。

 しかし、それ以外の者達は無関心。


「どうし……!」


 問いかけようとした瞬間、イヤな感覚が俺の身体を走り抜けた。

 何だ? 何か、どす黒い……


「転移門が現れた! “何か”が来る!」


 ダニエルが叫んだ。

 その声に、帰ろうとしていた観衆はざわめく。


「転移門だと⁉︎ 俺と同じ様な転移者がこっちに来るのか⁉︎」

「分からない。だが……」


 気がつけば上空に雷雲が現れている。

 そして轟く稲光り。

 観客達は、雪崩を打って逃げ始めた。

 ヴェルディーンが声を張り上げ、指示を飛ばしている。

 その声に応じ、係員も観客を誘導し始めた。怪我人が出なければ良いんだがな。

 一方の姫巫女は、何やら呪文を唱えている様だ。

 そして……

 空間が“裂け”た。

 その向こうに見えるのは、虹色の光に満ちた空間。ずっと見ていると、何やら狂気に捕らわれそうだ。


「あれが、転移門……」


 あの時、俺は見る事は出来なかったが……


「いや……通常の“門”じゃないな。この世界の“外”と繋がってしまったのかも」


 ダニエルの独語。


「外?」

「うん。地球のある宇宙でも、この世界や並行して存在する異世界とも違う場所さ」

「なるほど」


 多次元宇宙論だっけ? 多数の宇宙が存在するって話。

 ちょっとばかし聞きかじった程度の知識しかないんで、想像もつかんが……


「宇宙の外、時空の深淵には、人知の及ばぬ“何か”が潜んでいるのさ。そうしたものが、時折現れてはこの世界に恐怖をもたらしているんだ」

「そんなヤツが、今ここに?」

「いや……そこまでの“力”は感じない。だが……気をつけるに越した事はないよ」

「分かった」


 と、その時、


『ひゃはは!』


 不気味に響く笑い声。


「! これは……」


 俺の見上げる先、“門”の中から“それ”が姿を現した。

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