13-コロシアム
――大通り
俺達は倉庫を後にし、再びエルズミス市街を歩いていた。
「次の目的地は……あそこさ」
指差す先には、レンガとコンクリートで造られた、巨大な二つの建造物が見える。
「あれは……」
まさか、とは思うのだが……
「とりあえず、中に入ってからのお楽しみさ」
ダニエルは意味ありげに笑った。
――建物内
俺とダニエルは、三階建ほどの大きさの建物の中を歩いていた。
一階の入り口から長い通路を歩き……
「!」
そこは、半円状の空間があった。
円周部分は階段状の客席。そして円弧の中心には、ステージが設けられている。
「劇場、か」
よく見れば、ステージ上では数人の男女が何やら集まっている。
時折紙の束を見ながら話し合いつつステージをうろついたり、円周部――おそらく観客席――に降りて、ステージ上を眺めたりなどしている。あれは、演出のチェックをしているのだろうか?
「うん。ここは二千年以上の伝統のある劇場でね。あれは、新作の劇の為の打ち合わせだよ。姫巫女様肝入りだから、皆気合入ってるみたいだね」
「へぇ……そうなのか。どんなシナリオなんだ?」
「あ〜〜、それね。魔王戦役での勇者の活躍をモチーフにした劇なんだけど、今回は神殿側の意向で、それに手を加えて欲しいって話になってね」
「ふむ……どんな風に?」
「ちょっと前にさ、この世界の人間を運命律で縛る邪神と、女神が選んだ勇者の戦いがあったんだよ。で、それをモチーフにした話にアレンジしてくれって要望があったらしい」
「なるほどね……」
演劇に宗教的、政治的なメッセージが託されるのは、よくある話だ。
にしても……女神と邪神か。そんな戦いが頻繁に起こる世界なのか? ここは……。
「勇者役が二枚目なのは、まぁいいさ。でも、ライバルの魔族役は何とかならんかったのかなぁ。あんなゴリラみたいな役者じゃなくって、もうちょい……」
隣でダニエルが何やらブツブツ言ってるが……多分大したことじゃないんだろう。
ライバルは美形ってのは、多分異世界じゃ通用しない常識なんだろう。何故ダニエルがそれに固執するかは知らんが。
――しばし後
俺とダニエルは、劇場を後にした。
そしてもう一つの巨大建造物へと足を踏み入れる。
外観の構造は先刻のものと、ほぼ同じ。だがこちらはそれよりも、高さ、幅ともに一回り大きいようだ。さらに奥行きはもっとあると思われる。
入り口に向かう。
が、係員らしき男がいる。という事は、ここで何らかのイベントが開かれているという事か?
ダニエルがその係員に何やら二枚の紙切れを差し出すと、その中へと続く門が開かれた。
「それ、チケットか? 料金がかかるんだろ?」
まだ俺は無一文だ。まぁ、日本の通貨は財布に入ってるが、ここじゃ何の価値もない。
「ああ、大丈夫。招待券だしね」
「そうなのか」
どういう経緯で手に入れたかは知らんが……無下にする訳にはいくまい。
俺はダニエルとともに、ゲートをくぐった。
そこから先は、先刻の劇場同様、長い通路を歩く。
聞こえてくるのは、人々の歓声。
この先で、一体何が行われているのか?
この歓声……
やはり、アレか? 俺の期待は、いやが上にも高まった。
予想通り、その先にあったのは楕円形の広大な空間であった。
周囲を囲むのは階段状の客席だ。既に満席と言っていい。そしてその中央には、楕円形のアリーナ。
これは、間違いない。円形闘技場だ。
今まさにその中央で、激闘が繰り広げられている。
一人は長身で引き締まった体躯で浅黒い肌の男。もう一人はやや色白で、背は低いががっちりとした体躯の男だ。
対照的とも言える二人が、素手で闘技場の真ん中で組み合っている。
「ここは闘技場さ。武器を使った戦いもやってるけど、今日は素手オンリーなんだ」
「ほぉ……」
あれはまさに古代レスリング。まさかこの目で見ることが出来るとは。
「へへっ、敬吾サンとしちゃ、たまんないんじゃない?」
「ああ……。まさか、この目でこんな試合を見ることが出来るとはな」
このままリングサイド……じゃねぇ、アリーナの際までいって観戦したい。
いや、いっそ……
「とりあえず、席に着こうよ。あっちだからさ」
ダニエルは一瞬我を忘れた俺の腕を取り、歩き出した。
「お、おい、そんなに引っ張るなよ」
ダニエルは俺の腕をつかんだまま、階段を下りていく。
細身の少年とは思えぬ力だ。意外と鍛えてるのか? いや……
「ああ、ゴメン。もうちょいだからさ」
「……そうか」
俺はおとなしく彼に従い、通路を歩く。
「え〜っと、ここかな?」
彼が示した席。それは、アリーナの間際、最前列だ。特別リングサイド席って所か?
「いいのか? こんな席……」
ドームなら数万はカタい席だ。
「ああ、大丈夫。神殿関係者に配布されたチケットだしね」
「そうか……。だが、俺は……」
奴隷も関係者扱いされるんだろうか?
「いいって、そんな細かいコトは。それより……試合も佳境だよ」
「あ、ああ……」
俺は促されるままに、席に座った。
試合は一方的であった。
浅黒い肌の男がアウトサイドからの打撃で追い込んだ上、チョークスリーパで仕留めた。
ふむ……
打撃もさることながら、組みつかれた際の対処もなかなかのものだ。おそらく組み技のスキルも相当高いトータルファイターだろうな。打撃を嫌って組みに行くと、ヤツの思う壺だろう。
「こういう試合もなかなか面白いね〜。ショーアップされたプロレスもいいんだけどさ」
と、ダニエル。
「プロレスとか、よく見てたのか?」
「僕の友達の爺さんが格闘技好きでね、よくそういうビデオ見せられたんだ。その中にも、プロレスがあったよ」
「そうか……」
「あー、そういえば、敬吾サンもプロレスラーなんでしょ? どこの団体にいたのさ」
「ああ……RFJって団体だよ。インディーだけどな」
「RFJ……? コメン、よく知らない」
「歴史の浅い団体だから、知らなくて当然さ。数年前にできた団体だしな」
「そうなんだ……でもさ。どっかメジャー団体で修行したんでしょ? あの動き、ただ者じゃない」
ヴェルディーンとの戦いを見ていたのか。
「ま、まぁな……。一応東洋プロレスの練習生になって、デビュー寸前まで行ったんだがな。経営陣の内紛やら何やらでメキシコに放置され、帰ってみればお払い箱さ。あちこちの団体を渡り歩き、やっとたどり着いたところで今回の件が起きたって訳さ」
東洋プロレスは、日本のメジャープロレス団体の一つだ。一応プロレスラーとしての基礎はそこで習った訳だが……
「ああ……ヤクザの息子のデビュー戦に付き合わされたってヤツね。う〜ん、敬吾サンほどの格闘家がそんなコトやらされるって、やっぱし間違ってるよ」
「そう言ってもらえるとありがたいがな……」
俺は肩をすくめた。
そこまで評価してくれるのはありがたい。ただ俺自身、あの世界にどっぷり浸かってしまっていたので、メジャーの舞台はあまりに眩しすぎる。
とはいえ、未練がないわけじゃないが……
そうする間にも、次の試合が始まっていた。
今度はほぼ同じ体格同士の試合だ。それも、同門同士らしい。おそらく技量も同等であろう。
お互いに牽制し、技を読みあう。
自然、クリンチなどの膠着状態が多くなった。
そうなるとブーイングなども飛ぶ。
だが、両者はそれを気にすることなく戦い続ける。
互いに牽制し、時には激しく打ち合い……
やがて幕切れは唐突に訪れた。
打撃をわずかな動作でかわした後、投げを一閃。
拮抗した技量。
勝負を決したのは、ほんの小さな差であろう。
ああ……もう一度でいい。こんな痺れる戦いをしてみたいものだ。
などと思っていると、また次の試合が……ん?
出てきたのは、大柄な男。
身長は2mを超すだろうか? その体躯もがっちりとしており、鍛え上げられた筋肉がその身体を覆っている。
しかし、アリーナに現れたのは、ヤツ一人だ。
ヤツは何やら大声で、観客席に向かって叫んでいる。
「……マイクパフォーマンスか? それとも、何かあったのか?」
「う〜ん……どうやら対戦相手が負傷したか何かで試合に来られないみたいなんだよ」
「なるほど。でもああやって叫んだりする必要はあるのか?」
「ああ、あれね……」
ダニエルがそう言ったところで、アリーナを挟んで俺の対面にある席に座った男が立ち上がった。
「ん? あいつは……」
見たことのある顔だ。
いや、忘れもしない。
先日やりあった男、ヴェルディーンだ。
「へぇ……アイツが対戦相手に名乗り出たのか?」
だとすれば、好試合が見られそうだが……
「いや、彼は審判員だよ。だから、試合には出ない」
「ん? じゃあ一体何を?」
と言いかけた直後、ヴェルディーンがニヤリと笑い、観客席を指差した。
その指が差すのは、対面にある席。そこに座っているのは……
「俺かよ」
ヴェルディーンは俺に戦えと言っているのか?
「ハメられた、かな?」
俺は苦笑しつつ、立ち上がる。
「でも、嬉しそうじゃないか?」
と、ダニエル。
「ま、その通りだけどな」
既に興奮は抑えきれん。俺の意識は戦い一色に染め上げられている。この大観衆の中で戦う事が出来るのか。
さぁ……行くぜ。
戦いだ。




