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12-転移者

――翌朝

 朝食後、一旦自室に戻ると、扉の前に見知った顔があった。


「やあ、おはよう」


 久々のダニエルだ。


「おはよう。こっちに来ていたのか」

「うん。今日はちょっと、エルズミスの街を案内しようと思ってね」

「そうか。だが、俺は……」


 仕事がある。休日はまだまだ先だ。


「ああ、大丈夫。ローベルトさんの許可は取ってあるから」

「そうか。それならいいが……」

「じゃあ、決まりだね。行こうか!」

「お、おう……」


 俺は訳も分からぬまま大神殿から連れ出された。



――エルズミス市街

 俺とダニエルは連れ立って、大神殿正門から続く大通りを歩いていた。

 道は綺麗に敷石で舗装されていた。また道沿いには露店が立ち並び、さながら祭りの日のような賑わいをみせている。いや、実際祭りなのだろう。俺がこの地に現れた直前に女神が降臨するような大きなイベントがあった訳だしな。

 この通りは真っ直ぐ南へ南下し、そのまま大陸南方へと向かう街道へとつながるそうな。

 大陸、か。どれほどの大きさがあるんだろうか? ダニエルは「そんなに大きくない」とは言っていたが……


「う〜ん、いい天気だね」

「ああ、そうだな」


 快晴と言っても良いだろう。かと言っても暑くはない。快適な気候だ。


「アスリあたり誘ってもと思ったけど仕事中だしね。女の子もいた方が良かったでしょ?」

「まぁ、それはそうだが……ん?」


 見慣れた――とはいえ異世界には異質な――モノが視界に入った。

 建築途中の建物なのだが……

 木板で囲まれた、灰白色の塊。そこから飛び出す節くれだった鉄の棒。派遣先の現場でよく目にしたモノだ。


「鉄筋コンクリート⁉︎」


 コンクリートミキサー車などの大型機械は見当たらないが、あきらかにこれはRC(鉄筋コンクリート)構造の建物だ。


「ああ、これね。ラクア村の住人が工事に関わってるんだ」

「へぇ……。ああ、そうか。土木業者も一緒にこっちに転移してたんだっけか。にしても……鉄筋はともかく、コンクリートはこっちでも手に入るものなのか?」

「うん。材料はどこにでもあるものだしね。それに、古代ローマで使っていたローマン・コンクリートみたいなものは既にこっちにあった訳だし」

「ふむ、なるほどな」


 煉瓦や石、木で出来た建物の中に、RC造の建物が混ざっていくのか。いずれ伝統と近代化のせめぎ合いがこの世界でも繰り広げられるのだろうか?

 ……などと考えていると、ダニエルに袖を引かれた。


「ちょっと見て欲しいモノがあるんだ」


 彼の指差す先にあるのは、一軒の煉瓦造りの建物。

 窓は少なく、その正面には高さ3〜4メートルほどの巨大な鉄製の扉が付いていた。

 まるで倉庫のようだな。あの中に、何があるんだろうか?



――建物内

 広さは20〜30坪そこら。壁はよく見るとコンクリートだ。レンガは外から貼ってあるだけなのか。もしかしたら、レンガ風タイルなのかもしれん。

 その壁際には、ハンマーやら金床、万力やプライヤなどが置いてある。天井には滑車が吊るしてあるな。重量物を持ち上げるためか。

 そしてその中央に、“あるもの”が鎮座していた。


「コイツは……」


 忘れもしない。俺を襲ったあの1BOXカーである。


「これのことで確認したいことがあるんだ。もしかして、転移直前に、襲われたってのはこの車?」

「ああ、そうだ。ところで、誰か乗ってなかったのか?」

「いや……これが発見されたのは敬悟サンが転移してきた日の翌日なんだけどさ。その時にはすでに、誰も乗ってなかったみたいなんだ」


 無人、か。いや……少なくとも、あの小柄な男だけは乗っていたはずだがな……


「ふ〜む、池に突っ込む直前に飛び降りたのかな? あるいは、既に街中に紛れてるか」

「見つかったのは城壁の外でさ。敬吾サンが転移してきた頃には、既に城門が閉じてて中に入れないんだよね。それに、敬吾サンの件もあって翌日からは出入りのチェックを厳しくしてる。別の転移者が街中へ転移した可能性も想定して各所の警備も強化してたけど、今のところは見つかっていないんだ。おそらく街中にはいないと思う」

「なるほど。それなら近隣の街へ向かったとか?」

「そう思って、僕も一度ラクア村に帰ったんだよね。でも、訪れた形跡なし。別の街でも同じだった」

「そうなのか……」


 言葉もわからない異世界に、着の身着のまま放り出されて数日間生き延びる、か。しかも腹にドスが刺さる様な怪我をして……。それに、異界人を敵視する組織まである、か。ヤツには可能とは思えんな。


「もしかしたら、来てないのかもしれないね。飛び降りたか、転移したのが車だけだったか」

「車だけ? そんな事もありうるのか?」

「う〜ん、それは分からないよ。でも、可能性としてはあり得るかも、って話だけどね。発見直後はドアが閉まってた様だし、ロックもかかってたんだよね。キーは刺さったまんまで……」


 降りた後にロックかけたままドアを閉じたんだろうか? キーをつけたままで。けど……わざわざそんな事をする必要はないしな。


「それに、こっちへと転移してくる人間って、こちらの世界と何らかの因縁を持ってることが多いんだよね。無機物であるこの車は敬吾サンにくっついてこっちへ来たけど、乗っていた人間はそのまま向こうへ残されたのかもね。あるいは、“来られなかった”か」

「因縁? それに、“来られなかった”ってのは、まさか……」


 向こうでもこちらでもない場所に放り出されたのか?


「何らかの形でこの世界に関わった人間がこちらと向こうをつなぐ時空の揺らぎに近づくと、こっちへ転移してきてしまう事もあるんだ。僕や、彰人もそうだしね」

「なるほどな。ところで、彰人とは?」

「ああ、僕の友人さ。敬吾サンと入れ替わりで、向こうへ帰ったんだ」

「……そうか。しかし、どうしてこの世界との関わりが出来たんだ?」


 地球に住む少年がこの世界と関わることなどあり得るんだろうか?


「僕や彰人は魔王戦役で死に、地球へ転生したんだ」

「……魔王戦役、それに転生か」


 こっちにきてから聞いた話からすると、どうやらこの世界では、二十年近く前に大きな戦があったらしいが……


「そう。地下世界を支配する魔王ユーリルが軍を率いて地上に侵攻してきたんだけど、その戦いで僕たちは一度死んでしまったんだよ。運命律から外れた死に方だったんで、魂が地球へ飛ばされてしまったみたいなんだよね」

「運命律から外れた死に方? 転移者にでも殺されたとか?」

「まぁ、そんな所。この世界においては、死者の魂は地下世界で休息し、前世の記憶を洗い落とした後に新たな肉体に転生すると言われてるんだけど……そのプロセスは、運命律によって決められている。が、転生先の肉体の用意される前に死んでしまったのでこうなったって訳さ」

「なるほどな」

「で、“来られなかった”ってのは……。地球のある“源世界”、そしてこの世界。それ以外にも、幾つか異世界があるんだけど、そのどれかに“落ちた”可能性がある。あるいは、それらの“外”か」

「……他の世界があるのか?」


 地球のある世界が“源世界”……つまり、この世界を始めとする幾つかの異世界は、そこから派生した世界、ということなのか?


「うん。どうやら最低でも一つは別の世界が現存しているみたいなんだよね。そこからの来訪者も確認されてる。で、それら複数の世界は、隣接してはいるけれどわずかながらに“隙間”がある。そこに落ち込んだ可能性も否定できない」

「ふ〜む。俺は運が良かったのかもな。特にこの世界と関係はなさそうだしな……」

「どうだろうねぇ? 実は転生者か……あるいは先祖に転移者がいるとかはあるかもよ?」

「先祖?」

「そう。向こうからこっちへ来ることができるんだ。こっちから向こうへ“渡った”人がいても不思議じゃないよ。向こうとこちらで文化や神話なんかが似ている所もあるしね」

「ふむ……」


 先祖、か。


「例えば予言者とか、そういう“力”を持った人とかさ」

「なるほどね。そうやって転移した人間のことが、神話や民話なんかで語られているのかもしれんな」


 先祖、か。気がついたとき、俺は胸ポケットに入れておいた“お守り”に手を当てていた。

 それは、なんとなく熱を持っているようにも思えた。

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