1-プロローグ
「殺せぇぇ〜!」
「そこだ! 折れぇ!」
薄暗く、血と汗、酒と煙草の匂いが漂うこの場所に、聞くに堪えない罵声が飛び交う。
ここは、都下にある場末のクラブ。そして、そこに設営された粗末なリングの上。
それが、今の俺、御山敬吾の居場所だ。
地下格闘技、といえば聞こえはいいが、実際はただのゴロツキのケンカだ。それを見世物にして、金を取る。
そんなチンケな商売だ。
そしてそんな商売をやってる、しょっぱい俺自身。
ある意味ふさわしい状況ってってコトか。
心中で苦笑を浮かべる。
俺の目の前にいるのは、刺青まみれのグリーンボーイ。これは、そのデビュー戦だ。
「オラァ!」
対戦相手が放つ蹴り。
残念ながら、スピードもパワーも今ひとつ。一見型は綺麗だが、形だけをうまく真似た様な蹴りだ。筋肉や関節同士の連動が上手く出来ていない為に運動エネルギーが逃げてしまい、蹴り足に力強さがない。
俺はその蹴りを、出来る限り大きな音を立てる様にガードしつつも、わざと大きくよろめいてみせる。その度に上がる歓声。
それを繰り返すこと数回。
さて、今度は俺の番だ。
相手の蹴りを軽くいなすと、派手な上段回し蹴りを放ってやる。
無論、ガードや回避できる程度の威力でな。
しかし……
「んげっ⁉︎」
ヤツはかわそうとし……まともに側頭部に蹴りを受けてしまった。
脳を揺さぶられたのか、がくりと膝をつく。
観客がざわめいた。
「う……あ……?」
ヤツは呆然と俺を見ている。
チッ……
アクシデントだ。一応、事前に知らされていた筋書き通りに進めてきたが、まさか中盤にもいかない所でこうなるとはな……
俺はレフェリーに視線をやる。
レフェリーもまた呆然として俺を見るが、すぐに慌ててカウントを開始した。
……やれやれ。先が思いやられるな。
俺はこの仕事を受けてしまったことを、早くも後悔し始めた。
・人物、用語など
御山敬吾
元メジャー団体所属のプロレスラー。メキシコ修行中に起きた団体のトラブルが元でプロレスラーとしての夢を断たれ、地下格闘技団体での戦いで糊口をしのぐ生活を送っていた。