07
部屋にノックをして入ると、不機嫌そうなユーリア様が扉の前に立っていた。
かなり怖くて、無意識のうちに身体を一歩後退させてしまう。
が、今までにないくらいの力で腕を引っ張られ、部屋の中に入る。
「どうしてこんなに遅い?」
「申し訳ございません」
まさか、ユーリア様の部屋の掃除をせずにルーシア様と遊んでいただなんて言えるはずがなく、頭を下げると、メイド服のポケットに入れていた「サンガルディア冒険記」が床に落ちてしまった。
ルーシア様からお借りしたものなのに!、と急いで拾おうとしたが、ユーリア様に先に拾われてしまった。
「どうして、ルーシアのお気に入りの本をカリナが持っているんだ?」
声のトーンが一気に下がった。
背中から何かがせり上がってくるような、感覚を感じた。
「ルーシア様からお借りしました」
素直に答えると、ユーリア様は眉をひそめた。
私は観念して、今日あったことを「兄様が結婚したら、俺の専属メイドになってよ」という部分だけ抜いて話した。
「申し訳ございませんでした!」
再び、謝罪した私に、今日はいなかった分長めにこの部屋にいるように、と言い、私の手を引き、ソファに寝転がった。
勿論私は枕である。
寝転んですぐ、ユーリア様は寝息をたて始める。
そっと、髪に触れる。
とても長い睫が、羨ましい。
鼻も高い。
「本当に綺麗…」
声に出してみたが、ユーリア様が起きる気配はない。
「兄様、結婚するって」
ふと、ルーシア様の言葉を思い出す。
最初から分かってたじゃないか。
手に届かない存在だって。
知らないうちに涙が、流れて来て、焦った。
私の涙腺はユーリア様のことを考えるとすぐに緩んでしまうらしい。
このままでは、ユーリア様の上に落ちてしまうと、横を向いて止めようとしたが、なかなか止まらない。
焦れば、焦るほど涙が、流れる。
「カリナ、何故泣いているんだ?」
突然ユーリア様の声が聞こえ、自分の膝に目線を向ければ、ユーリア様が下から私の様子を窺っている。
驚いて涙も引っ込んだが、かなり醜い顔をしているのだろうと、顔を逸らすと、ユーリア様の手が私の顔を固定した。
「何もございませんよ」
涙を拭うことも出来ず、取りあえず笑ってそう答えた。
納得いかなそうな顔をしたユーリア様だったが、
「そろそろ時間だから帰っていい」
と言ってくださったが、しっかり掃除をしてから、ユーリア様の部屋を後にした。
「カリナさん、ですよね?お疲れ様です」
廊下を歩いていると、突然後ろから声をかけられ、振り返る。
オレンジ色の髪を横に2つにゆわいているメイド姿の女の子が立っていた。
「どなたですか?」
全然知らないメイドであったので、そう尋ねると、
「申し遅れました、マリンと同じ場所の担当で、ユリアナと申します」
と、綺麗な礼と共に返されてしまった。
「裏庭掃除の担当で、カリナと申します」
私もつられて挨拶を返す。
「存じておりますよ。マリンから頼まれたものがありまして、…これなんですが」
そう言って、ユリアナと名乗った女の子は小さな包みを取り出した。
「カリナさんが疲れているみたいだからってマリンが…。マリンは明日外の用件で王宮にはいないし、今日は早く帰らなきゃいけなかったみたいなんです。だから代わりに頼まれて…」
私は小さな包みを受け取り、中を確認する。
いつもマリンがくれるようなあめ玉だった。
「疲れに効くらしいですよ、それにリラックス効果もあるとか」
「そうなんですか。わざわざありがとうございます」
「いえ、マリンにはいつもお世話になっているので、じゃあ私はこれで」
と、女の子は去って行った。
それにしても、マリンは気が利くなーなんて思いながら、包みをポケットにしまい家に帰った。
帰ってから、目が腫れていると、ハリウスが大袈裟に氷を運んできた。
自分より慌てている人を見て、頭が冷えた。
ハリウスにお礼を言って、氷で目を冷やしながら「サンガルディア冒険記」を開いた。
面白いのだが、そこそこのところで区切りをつけて、寝た。
…
……
………
いつも通りの朝、私はユーリア様が着替えている間、準備がもう少しかかりそうなのを確認してから、緊張を解すため、昨日マリンからユリアナを通してもらったあめ玉を舐めた。
ユーリア様の前で飴を舐めることは出来ないが、最悪飲み込んでしまえばいいのだ。
ユーリア様が私が泣いていたことに対して、どう思ったのかと考えると、あめ玉でも舐めていなければやっていられない気分だった。
よりにもよって、どうして、ユーリア様の目の前で泣いたんだよ、私!
あめ玉が大分小さくなってきたあたりでやっと違和感を感じた。
喉が痛いのだ。
ついでに胃がむかむかして、気持ち悪い。
頭痛もしてきた。
あーまずいな、と思った時には目の前が真っ暗になっていた。