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05

 翌朝、気合いを入れてユーリア様の部屋に向かったが、いつも通りに仕事をしただけで、言いたいことは言えなかった。

 昼間は裏庭掃除の際に縁談の話を山ほど持って来られ、昨日より元気のないルーシア様を元気づけるのに忙しく、難しいことを考える暇がなく、気がつけば、夕方で、昨日の決心をユーリア様に伝えることが出来たのは夜のユーリア様の部屋掃除の時だった。


 いつも通り紅茶を淹れ、大きく深呼吸して、呼吸を整える。


「あの、ユーリア様!」


 勢い込んで少し大きな声が出てしまったが、ユーリア様は気にした様子もなく、書類から静かに顔を上げた。


「昨日のことなのですが…ユーリア様がご結婚された後は、ユーリア様の専属メイドから外して頂きたいのですが…」


 私はユーリア様の顔を見ることが出来なかった。

 昨日言ったことを今更覆すのが恥ずかしかった。


「何故?」

「ユーリア様のご結婚相手の方にとって、私は良い存在ではないと思うからです」


 これはあくまで建て前だ。

 だが、事実でもある。

 ユーリア様の未来の奥方様には唯一の専属メイドなど面白くない存在だ。


「カリナを邪険に扱う者を嫁に貰うつもりはないから」


 冷たい口調のユーリア様。

 機嫌が良くないみたいだ。

 それでも引いてはいけない。

 これははっきりしておかなければならないことだ。

 ユーリア様のご結婚が近いのなら尚更。


「いいえ、そうではないのです」


 私はそう言って、専属メイドから外れても、ロボットの私しか出来ないことがあれば、させて頂くことを伝えた。

 だが、ユーリア様はどんどん不機嫌になるばかりである。


「何故そこまで頑なに専属から外れることを望むんだ?」


 冷気すら感じる声でユーリア様は言った。

 私は答えられなかった。

 

 答えなど簡単なのだ。

 ユーリア様が好きだから、側にいて誰かを愛しているユーリア様の姿を見たくないのだ。


「ハリウスのもとに戻りたいの…か?」


 ユーリア様の声のトーンが更に下がった。

 苦し紛れに頷く。


「だめだ。許さない。お前はずっと俺の専属だ。絶対に外さない」


 強い口調で言われ、頭の中が真っ白になる。

 

「ユーリア様…」


 泣き出しそうになりながら、私は何か言わなくてはとユーリア様の名前を呼んだが、ユーリア様は書類に視線を落とし、私の方をみてくださらなかった。


「もう、時間だろう。下がれ」


 と、いつもとは違う命令口調に、私は小さく「はい」と返事するしかなくて、私は部屋から出た。



 ユーリア様にあんなに頑なに拒まれるとは思っていなくて、溜め息がこぼれた。


……

………





 翌朝、億劫ながらもユーリア様を起こしに行くと、至っていつもの通りで、私もなるべく平常を装いながらも、ユーリア様のお世話をした。


 昨日はお互い意固地になり過ぎていたのだ。

 もう少し落ち着いて話せば、上手くまとまるかもしれない。

 今は話には触れず、もう少し日を置いてからユーリア様にもう一度お話してみよう。


 そう決め、私はいつも通りユーリア様の食事を運んで、並べた。

 食事中難しい顔をしていたユーリア様は、食後私のことをじっと見てから、


「カリナ、手を出して」


 と言った。

 何をするのか、と不安に思いながらも私はユーリア様に手を差し出した。

 恐る恐る、といった風にユーリア様は私の手に触れた。


「何をなさるのですか…?」


 私はユーリア様が触られている方の手が固まった。

 驚いて声がひっくり返りそうだった。

 ロボットだとは言え、仮にも女である私の手に触れたのだ。


「触れてみたかったから」


 ユーリア様はかなり頭が良い。

 だから、王子としての公務もしっかりとされているし、外交では薄い笑顔を浮かべながらもこちらの意図を全く見せないで取引をすると、ハリウスから聞いたことがある。

 だが、本当はかなり素直な人であり、そんな言葉をすらっと言えてしまうところは流石である。


 ユーリア様は私の人差し指を引っ張ったり、爪に触れたりしている。

 嬉しいような、恥ずかしいような。

 心臓の音がうるさい。


「うん…?」


 満足したのか、ユーリア様は私の手を離し、何故か首を傾げた。

 手が自由になって安心したような残念なような複雑な気持ちになった。

 が、すぐにユーリア様の方を見た。


「大丈夫ですか?」


 控えめに聞く。

 勿論女の手に触れたことによって体調が悪くなったりしていないか、という意味だ。


「石鹸の用意を致しますか?」


 何の反応も返ってこないので、これはまずいと思い、急いで、ユーリア様の手の洗浄の準備をしなければと思い、ユーリア様に背を向けたところで、


「待て」


 とユーリア様の声が聞こえた。


「必要ない」


 そう一言言い、ユーリア様は昨日持ち帰って来た書類を持って立ち上がった。

 執務室に移動されるのだろう。


「いってらっしゃいませ」


 と、頭を下げ、ユーリア様を送り出した。

 私はユーリア様の部屋を施錠しながら、ユーリア様は相当私のことを深くロボットだと信じているのだ、と実感した。






 それから、裏庭掃で除をしていると、ルーシア様が来た。

 ここ数日お疲れのようで、お庭用のイスに座ってお庭用の机に突っ伏している。


「なー。カリナ。俺、もう結婚とか無理だわ」


 ルーシア様は突然顔を上げると何とも不穏なことを言う。

 まぁ、ルーシア様のお気持ちも分からなくはない。


 昨日の王族の皆さんが集まる夕食の席で、ルーシア様に婚約者候補のご令嬢が紹介されたらしい。

 ご令嬢はとても活発な方だったらしく、マシンガンのようなトークで、ルーシア様にはついていけなかったとか。

 だが、そのご令嬢はかなり有力な貴族の方らしく、国王夫妻は年も近いのだから、とルーシア様に彼女と仲良くするようにおしゃったらしい。


「国王様にご相談なされてはいかがでしょうか?」

「だめだな。父上は俺の話をお聞きにならない。母上は、俺と彼女の結婚を強く望んでいるから尚更だめだ」

 

 なるほど。

 それはきつい状況ですな。


「まぁさ、俺だけが文句言ってらんないことくらい分かってんだけどな。兄様にすら、婚約者候補が紹介されるらしいし」


 ルーシア様はそう言ったきり、再び机に突っ伏してしまった。

 

 ユーリア様に、婚約者候補が紹介される。


 分かってたことだし、覚悟していたことだ。

 だが、改めて現実として目の前に現れるとひどく困惑した。


 いつの間にやら、ルーシア様は学校に行く時間になり、しばらく無心で掃除をしていたら、いつも以上に早く仕事が片付いた。


 メイド長に裏庭掃除完了の報告をして、ユーリア様の部屋掃除に向かう。

 いつもより早い時間なので、しばらくはユーリア様は、お部屋にお戻りになられない。


 今日はゆっくり掃除できるなーと思いながら、普段は出来ない窓のレーン掃除なんかをしていると、ユーリア様が思ったよりも早く帰ってきた。


「お帰りなさいませ」


 とりあえず持っていた雑巾をバケツに入れ、礼をする。


「ただいま」


 と、ユーリア様は少し驚いた様子で言い、


「今日は来るのが早いな」


 と続けて言った。


「はい、裏庭掃除が早く完了しましたので」

「そうか」


 ユーリア様はそう言ったきり黙った。

 それからいつもなら、公務の書類を見ていたりするのだが、今日はソファーに座りぼーっとしている。


 私はきりの良いところでレーン掃除をやめ、掃除道具を片付けた。


 それからもう一度ユーリア様の様子を窺ったが、先程から動いた様子がない。

 

 さり気なく、紅茶を淹れ、ユーリア様の前に置くと、そこでやっとユーリア様が動いた。


「カリナ、ちょっとそこに座って」


 ユーリア様がポンポンとソファーを叩いた。

 今までそんなことを言われたことはないし、そもそも主の隣に座るなど恐れ多くて無理だ。

 だが、ユーリア様も引くような様子はない。


「座って」


 もう一度言われ、どうしようかと、迷っていたところでユーリア様が私の手を引っ張った。


「うえ!」


 当然、私の身体は傾きソファーに座り込む。

 可愛く「キャッ!」なんて言えない自分が少し悲しい。


「大丈夫か?」


 気遣うようにユーリア様が私の顔を覗き込んだ。


「は、はい」


 勢いよく答えてしまい、口を押さえた。


「良かった」


 私のそんな態度に気にした様子もなく、ユーリア様は微笑んだ。

 眼福だ…。


「髪に触れてもいいか?」

「はぇ?」


 脈絡のないユーリア様の言葉に間抜けな声を出した私だが、それを肯定としてとったのか、そもそも最初から答えを求めていなかったのか、ユーリア様はすぐに私の髪に手を伸ばしてきた。


「不思議な色だな」


 ユーリア様はしみじみと呟く。

 私は何も返さず、固まっていることにした。

 緊張で手汗で手がすごいことになっている。


 髪を梳いたり、くるくると弄んだり…なんだか気持ち良い。

 ユーリア様はすくった髪を持ち上げると、そのまま自分の顔に近づけた。

 大きく心臓が跳ね、血の気が引いていく。


「ユーリア様!」


 思わず強く名前を呼んでしまった。


「どうした?」


 不思議そうな翡翠の瞳が向けられる。

 

「そのような顔をなされてもそれ以上はダメです!」

「何故?」


 私が少し身体をずらす。


「あ、汗臭いから…です…」


 素直に答えてから後悔した。

 もうちょっとぼかして答えれば良かった…。

 

 でも、仕方ないじゃないか、庭の掃除で日に当たって汗かいたり、お部屋の掃除して汗かいたりしているんだから!


「臭くない」


 なんなんだ!

 ユーリア様に何があったんだ。

 今までだって、ユーリア様は私に優しかったが、こんな甘いというか、デレデレというか…なんとも形容しがたい雰囲気を出したことはなかったはず。

 そもそも、ユーリア様は私にこんなに接近して大丈夫なのか?

 いや、それよりも私の心臓が心配だ。


 心拍数上がり過ぎて命が危ないかもしれない。


 しばらく、私の髪をじっと眺めていたユーリア様は、すっと私の髪から手がおろした。


「うん…?」


 またもや納得いかなそうな顔をしてユーリア様は首を傾げた。

 それからはいつものように公務の書類を広げた。

 私は扉の近くに移動し、いつもの時間にはユーリア様の部屋から出た。


 




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