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04

 なんとなくもやもやした気持ちのまま、メイド長に仕事を終えたことを報告をし、ユーリア様がお部屋に戻られる前にと、ユーリア様の部屋の清掃を急いで行った。

 あらかたの雑巾がけが終わったあたりで、ユーリア様が執務室からお部屋に戻られた。


「お帰りなさいませ」


 そう言って主を迎える。


「ただいま」


 と、ユーリア様言い、私はユーリア様のジャケットを預かり丁寧にハンガーにかけた。

 ユーリア様はそのまま、ソファーに深く腰掛け、持って来た書類を広げた。


 私は紅茶を淹れ、ユーリア様にお出しし、ドアの近くで控えることした。


 ユーリア様が書類をめくる音と、ティーカップがお皿とぶつかる音だけが聞こえる。

 この雰囲気が私は嫌いではない。

 むしろ穏やかな時が流れているようで心地よい。


「カリナ…」


 かすれそうなくらい小さな声でユーリア様が私を呼んだ。

 ユーリア様が手招きをするので、足音を立てないようにゆっくりとユーリア様に近づいた。


 ユーリア様はしばらく何も言わなかった。

 だから私もそのまま身動きをせず、ユーリア様の言葉を待った。


「もし、俺が結婚すると言ったら、カリナはどうする?」


 沈黙を破るように発せられたユーリア様の言葉に、私は腹から何かがせり上がってくるような感覚を覚えた。


「…ユーリア様のご意志に従います」


 声が震えないようになんとか答えた。


「そうではなく、カリナの意志を聞きたい」


 真っ直ぐ見つめられて目をそらせない。


「私は…ユーリア様にお許し頂けるのならば、ユーリア様にお仕えしたいと思っております」


 建て前も何もない、ロボットとしての私でもない、笹森香里奈としての気持ちだった。


「そうか」


 嬉しそうな笑顔で言ったユーリア様に私はなんだか複雑な気持ちになった。


「そろそろ時間だよな。もう下がっていい。お疲れ」


 ユーリア様はそう言って再び書類に目を戻した。


「はい。失礼いたします」



 ユーリア様の部屋を出てからハリウスの部屋に向かった。

 帰りの馬車の中で、早めに仕事が終わって上機嫌のハリウスだったが、私はぼんやりしてハリウスの話があまり耳に入って来なかった。


「大丈夫?風邪かな?」


 と、ハリウスに心配されたが、


「大丈夫だよ」


 と答えた。

 身体ではなく、心の問題なのだ。


 私は家に着くとすぐに自分の部屋に籠もった。



「もし、俺が結婚すると言ったら、カリナはどうする?」


 ユーリア様の言葉が頭に残っている。


 まさかユーリア様が結婚を考えているとは思わなかった。

 ユーリア様が女の人が嫌いということを本当だ。

 ユーリア様のお母上である側室の方が王にほっとかれる寂しさのあまり、ユーリア様が10歳になるまで後宮の側室の部屋から外へ出さなかったということが大きい原因だと噂で聞いた。

 社交の場に出る機会の少なかったユーリア様は女性との関わりが極端に少なかった。

 ユーリア様が初めて社交の場に出たのは10歳の誕生日だそうだ。

 とても綺麗な顔をした王子様に皆の視線が集まった。

 その視線がユーリア様には恐怖だったのだろう。

 ユーリア様は社交の場が嫌いになったのか、そこからはずっと社交の場に顔を出さず、女性との関わりがメイド以外とはなくなってしまった。

 そして、14歳のある日、ユーリア様の母上のメイドに襲われた。

 命を狙われたのではなく、狙われたのは貞操だった。

 そのメイドはその後すぐに実家に帰された。


 ユーリア様はその後から、身の回りにメイドを置かなくなった。

 当時学生であったユーリア様はその時期から同級生の女性ともはっきりと線を引いたらしい。


 全部メイド達からの噂と、ハリウスから聞いた話だ。

 ユーリア様は私にそのような話をなさらないから。


 ユーリア様は本当に結婚をなさるのだろうか?

 そもそも女性が苦手なユーリア様がなぜ結婚を考えたのだろうか?


 …もしかしたら、好きな相手を見つけたのかもしれない。

 女嫌いが治るほど素敵な人を見つけたのかもしれない。


 ユーリア様はきっと結婚相手の方を大事になさるのだろう。

 そんな姿を見ながら私は彼らのお世話をするのだろうか。


 結婚してもなお、ユーリア様にお仕えするということはそういう事だ。


 そんな事できる筈がない。

 絶対に無理だ。


 綺麗な王子様。

 容姿だけじゃない。

 心まで綺麗な方。

 右も左も分からない世界で、負けるもんかって頑張って王宮で働いても上手くいかないことだらけで、挫けそうな時に、ユーリア様が私を専属のメイドにしてくださった。

 ユーリア様はどんなに使えない私でも見捨てずにいてくださった。

 勿論それが、女嫌いの故に私を使うしかないから仕方なくだってことは理解している。

 でも、それが私の心を救った。


 必ず感謝の言葉をかけてくれる、お優しい方。

 私を必要として下さるから、私はロボットであり続けることを望んだ。


 好きになるな、という方が無理な話だ。


 お慕いしております。

 どうしようもなく、あなたが好きなんです。


「お慕いしております、ユーリア様」


 声に出してみる。

 本人には一生言えない言葉。


 自分の瞳から一粒雫が落ちるのを感じながら、明日ユーリア様に結婚後はお仕えできないと言おうと決めた。

 きっとユーリア様ならば、認めて下さる。


 私は布団に潜り込み、そっと瞼を閉じた。



……

………






 カリナが完全に寝た頃を見計らって、家主であるハリウスはそっとカリナの部屋に入った。

 ハリウスとて、これがいけないことだとは分かっているが、馬車でのカリナの様子が気になって眠れそうにないのである。 


「カリナ…大丈夫?」


 心配そうな声が部屋に響いたが、カリナが起きる気配はない。

 勿論ハリウスも起こす気はないが。

 ハリウスはカリナのベッドに近づき、額に手をあてた。

 熱はないようで、安心しながらも、ハリウスは溜め息を吐く。

 カリナの頬に涙の跡を見つけたのだ。


 カリナは溜め込み過ぎなのだ、とハリウスは思う。


「そんなに仕事がつらいなら辞めてもいいんだよ」


 ハリウスはカリナが起きないように小さな声でそう言った。

 何度もカリナにそう言ったことがあるが、カリナは頑なに頷かない。

 もっと頼って欲しい、というのがハリウスの希望なのだが、カリナはハリウスに頼りすぎていると思っているのだ。


「仕事辞めて、僕のお嫁さんにでもなればいいのに…」


 いつもは言えない言葉も、眠っている相手になら言えるヘタレハリウスだが、寝ている相手に言っても仕方がない。


「大好きだよ、カリナ。おやすみ」


 一瞬だけ男の顔をしたハリウスはすぐにいつもの優しい顔に戻り、カリナの額にキスをして部屋から出て行った。



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