01
ーコンコン
と、二度ドアをノックして、中に入る。
部屋の主は無駄に広いベッドの上で爆睡中のようだ。
「ユーリア様。起きて下さい」
カーテンを開け、そう声をかけると、毛布の膨らみがもそもそと動き、部屋の主がベッドの上で上半身を起こした。
「お着替えをお手伝いしても宜しいですか?」
まだ眠たそうな顔のその御方に声をかけると、
「あぁ、いや…、いらない。食事の支度を頼む」
という返事が返って来た。
「分かりました。では、失礼いたします」
と、私は寝室を出た。
先程の寝室の隣の部屋に移動し、テーブルを整える。
頑丈そうで品のあるテーブルだ。
もちろんその前にセットされる椅子もふかふかで高そうだ。
まぁ、実際は付加価値がついているため、値段が付けられないのだろうけど。
窓の近くに置かれたソファも、カーテンも、カーペットさえ、全てのものが一流品である。
そして、私はこの中にいるとひどく浮いた存在だということを改めて感じる。
寝室のドアが開いた気配がして、ドアを振り返ると、先程までの寝ぼけた表情だったあの御方が、キリッとした顔つきになって、服もきちんと整えられた状態で立っていた。
「おはよう、カリナ」
綺麗な顔に微笑みを浮かべその言葉は発せられた。
「おはようございます。ユーリア様」
私もそう返した。
この御方、ユーリア・マナタカス様は、この国の第一王子だ。
上品な金髪に、翡翠色の瞳、肌はとても白く、顔の造詣もとても美しくおられる。
庶民の私には相応しくないこの場所こそが、王宮であり、王族ー、第一王子の私室だ。
「申し訳ございません、只今お食事を運ばせて頂きます」
と、廊下へと続くドアにむかおうとしたところで、ユーリア様に後ろから手を引っ張られた。
「これ」
と少し重い布が手にのせられた。
王族の方々が着るジャケットのようなものだ。
私は小さく頷いて、ユーリア様の後ろに周り、腕を通してもらう。
「ありがとう」
王族のジャケットを羽織りますます美しさが増したユーリア様はそう言って、私の整えたテーブルの前に座り、読書を始めた。
これはあまり急いで食事を運んで来るな、という合図だ。
私は、それを確認してから、今度こそ廊下へと続くドアを開いた。
廊下を忙しく歩いているメイドは皆、様々な色を纏っている。
栗色や、朱色…、一つ言えることは、黒色の髪を持つものも、黒色の瞳を持つものはとても珍しく、様々な人材が集まるこの王宮ですら珍しい存在である。
「おはよう、カリナ」
馴染みのメイドに声をかけられて、声の主を辿ると、赤茶色の髪のメイド、ーマリンがいた。
「おはよう、マリン」
笑顔で挨拶を返すと、マリンにじっとみられてしまう。
「どうしました?」
「いやー、いまだにあなたが作り物だなんて信じられないなーなんて思ってね」
不思議に思う私に、感心したようなマリンの声を聞きながら少しだけ良心が痛む。
「お褒めに預かり光栄です」
と、お辞儀しながら少し大袈裟に言えば、マリンはふふっと笑い、
「流石、ハリウス様だわ」
と言った。
「ハリウス様は偉大な発明者ですもの。では、ユーリア様のお食事をお運びしなければならないから、行きますね」
「あ、待って。食べ物は口にしても大丈夫だったわよね?これ、今城下で流行ってる飴なの。どうぞ」
と、マリンは小さな袋に包まれた飴を手に乗せてくれた。
「ありがとう、マリン」
と、お礼を言って、今度こそ別れた。
厨房でユーリア様の食事を受け取り、ユーリア様の部屋へ戻った。
「お待たせしました。すぐにお並べします」
そう一言かけて、テーブルへ並べる。
最初の頃は並べる位置が分からないし、お皿の中身がこぼれそうになったり、こぼれたり、もたもたして食事が冷めてしまったり…。
そんな頃から比べたら大分進歩したと思う。
「ありがとう、カリナも一緒にどうだ?」
「いいえ。主との食事など恐れ多いことです」
この会話は飽きることなく毎朝繰り返される。
「それにカリナは人の食べものは食べられないんだもんな?」
そして、ユーリア様は確認するように聞かれる毎度の質問。
「はい」
私は、当たり前のように毎日変わらずこう返す。
そうすると、ユーリア様は安心したように微笑むのだ。
それからは、ユーリア様が食事を終えるまで、テーブルの近くに控え、給仕をする。
食事を終え、食後のコーヒーを飲むとすぐにユーリア様は執務室へ向かわれる。
「いってらっしゃいませ」
と送り出せば、ユーリア様付きのメイドとしての朝の仕事は終わりだ。