1.1 少年の帰国
三月中旬、羽田空港。
世間では春休みを向かえ、春の暖かさが人々の財布の紐を少しずつ緩くさせる。空港内も国内線、国際線を問わず、寛大な心になった旅行客で溢れていた。
そんな中、中浦歩は簡単な入国審査を終え、大きなトランクを二台積んだ旅客用カートを重そうに押しながら、到着ロビーへと入った。
到着ロビーも人でごった返しになっている。心身共に疲れている歩にとっては、この人混みは邪魔以外の何ものでもなかった。肩にかけている小さなリュックさえもずっしりと感じる。
入国審査が思いのほか素早く済んだためか約束の時間までは、まだ20分もあった。歩は長時間のフライトで疲れた体を休ませるべく、近くにあったベンチに腰を下ろした。先ほどまで、硬いシートに座っていたため、お尻がジンと鈍く痛む。
歩は大きくため息を付く。やはりいつまで経っても長時間飛行機に乗るのは慣れなかった。
ドイツ、ミュンヘンから羽田空港は直行便でおおよそ12時間かかる。しかし不運なことに、今日は羽田-ミュンヘン間の直行便はなかった。そのため歩は、ミュンヘンから関西空港で国内線に乗り換え、羽田までやってくる破目になった。そのため余計に長旅となったのだ。
空港内を見渡すと外国人もちらほらと居るが、やはりその大半が日本人だ。同じ日本人の歩だが、今の彼にはその光景が奇妙に感じる。彼は回りに外国人が居ることのほうが日常的であった。
しかし、そんな生活も今日で終わりとなる。
歩は腕時計を確認し、そろそろ来るだろうかと思った。
「おーい、歩くん! すまん、またせた」
行きかう人々を掻き分け中年男性が一人、歩に駆け寄ってくる。空港の窓から漏れる昼の柔らかい日差しが男性のおでこを優しく照らす。
「すまんすまん、待っただろう。思っていたより旅行客で道が混雑しててな、軽い渋滞に巻き込まれてたんだ。」
「大丈夫時間通りだよ、おじさん」
「久しぶりだなー」
男性は目を丸くしながら歩を見た。
「三年振りだね」
「なかなかたくましくなったじゃないか」
「そう?」
男性は歩の肩をポンポンと軽く叩いた。そして、少し首を傾げて、
「でも身長は相変わらず……みたいだな」
「これでも三年で20センチ伸びたよ!」
懐かしい反応を見た男性は、軽い声で笑った。歩は眉を潜めるものの、口元はどこか緩んでいた。
そんなことを言いながら歩と男性は空港の駐車場へと向かった。空港から外に出ると日本の懐かしい匂いを少し感じた。日本の春だ。やはり、ドイツと日本の春はどこか違う気がする、と歩は思った。
男性は自分の車のバックを開け、歩のトランクを入れる。そして、歩に助手席に乗るように合図する。二人が車に乗り込むと、男性は車を走らせた。
行き先は神奈川、川崎。羽田空港からは30分ほどかかる。
「どうだ? 久しぶりの日本は」
男性は、歩を横目に見ながら口を動かす。歩は窓の外を見ながら、
「実は、受験で一月に一度帰ってきてるんだよね」
「そうだったな。咲季も受かったし、三年振りにまた同じ学校になるのか。クラスもまた一緒になったりしてな」
「あいつの場合スポーツ推薦でしょ、桜さんと同じで。俺は一般入試だからクラスは絶対違うって」
車が赤信号の前に止まる。対向車線は、空港に行く人のせいか渋滞している。が、こっちは比較的交通量は少ない。
男性はハンドルを握ったまま、前を見ている。指でハンドルをリズムよく叩く。
「膝は完治したのか?」
その言葉に反射するかのように、歩は左膝を触った。そして、顔に笑みを浮かべる。
「もう完全復活だよ。結局、手術とリハビリで一年以上掛かったんだ。そりゃあ完治して貰わないと困るよ」
「そうか、それはよかった。そうだ、久しぶりに後で足見てやるよ」
「懐かしいね。ありがと」
歩はまた窓の外を眺める。懐かしい街並みがちらほらと見え始める。
三年ぶりの日本への帰国だった。
歩の苗字、「中浦」は炎のストライカーゴン中山、中山雅史選手と、キングカズこと三浦知良選手から頂いております。分かる人なら、この二選手から歩のポジションも分かるのではないでしょうか?
正解はまたいずれ。