(承) 微妙にだるい潜入捜査
ダイニングのソファーに腰掛けて、さっそく三条は先程すれちがい通信で得たデータの詳細を確認した。
言うまでもないが、このようにして得たデータは簡単に消去できるため、不快な内容のデータをもらってしまっても安心だ。もっとも今回は逆で、誤って消さない努力をする必要がある。
ギルド名は「ウィンドコロニー」。
ここからとくに読み取れることはない。
続いてゲームの進行度を見る。メインシナリオをほぼクリアして、隠しボスに挑戦している程度だった。RPGにはよくある、エンディング後の強敵というやつである。
このゲームをやりこんでいる三条にとっては、この程度の進捗はまだまだと言いたくなるレベル。しかしここからも、特に所有者が誰なのか、という情報は得られなかった。
重要なのは、キャラクターの名前だ。
「イグドの迷宮」は自分で迷宮を冒険するキャラクターを作る必要があるため、命名も自前である。キャラクターは五人パーティで動くから、基本的に五人分は考えなくてはならない。
そしてそこには、確実に本人の嗜好が出る。
好きなマンガからとったり、自分で考えたりと様々だが、とにかくこれは重要な要素だ。ちなみに三条のパーティのメンバーの名前は、別荘に集まったゼミ生五人の名前から取っている。実名でやると、また違った楽しみがあるのだ。
おい、ハシモト死ぬなよ! とか、たのむフカクサ回復早くしてくれ! とか……妙にリアルとかぶって面白い。
画面を操作し、メンバーの名前を見る。
次のような五つであった。
「たかぼー」「しのぶ」「しょう」「かかあ」「プルミン」
「……おっ!」
三条はわずかに体を強張らせた。二つ目に「しのぶ」とある。ゼミ生きっての知的女子、滝井の名前だ。となると、やはりこの持ち主は滝井なのか。
いや、断定するのはまだ早い。五つの名前をメモに取り、ニンテンドーDSの電源を今度こそ切り、三条は立ち上がった。荷物を抱え、すでに深草がいると思われる、自分に割り当たった客間へと向かう。
階段を昇りながら、考える。「しのぶ」の符合には驚いたが、どうもデータの持ち主が滝井である感じがしない。なぜだろうか。
おそらく、他のキャラクターの命名法が原因だろう。「たかぼー」だの「かかあ」だの、どこか馬鹿っぽいのだ。そういう役回りは橋本のほうが近い。それに、「プルミン」とは一体なんなのか。あの五つの中で、確実に浮いているぞ。
階段のそばの客間に入る。普通の洋式ドアで、鍵をかけることもできるが、今のところ鍵の管理は三条が行っている。内側からは閉められるので、それで十分という判断だ。
「お待たせー」
客間に足を踏み入れる。ホテルのツインのような部屋だ。二つのベッド、ドアの真向かいの壁にある窓、クローゼットに机、ランプなどのその他調度品。深草は机に備え付けの椅子に腰かけ、おっさん臭く足を組んでいた。
「おい三条、これなんだよ」
深草が机の上に乗っかっているものを掴み、軽くゆすった。
古びたアライグマのぬいぐるみだった。買ったばかりのころと比べて色がくすみ、ひげも抜けてしまっているが、どこか長老のような風格がある。
「ああ、それ。かわいいでしょ」
「お前、ぬいぐるみの趣味とかあったっけ?」
「まあ、ちょっとね。女々しいけど、結構持ち歩いたりするね」
実際このぬいぐるみも、別荘にあったものではなく、三条が持ち込んだものだった。ブッチって名前だぜ、と言いながら、ベッドに腰を沈める。予め荷物の一部を置いておいた、窓から遠い方のベッドである。
「あ、そうだ三条」深草がすまなそうに口を開いた。「ちょっと、お願いが」
「ん? 何?」
「いや、そのさ。ベッド代わってくんねえか?」
髭面が情けなく歪むのを見て、三条は何のことだろうと訝しんだが、すぐに諒解した。
「そうか、そうだったね。うん、代わるよ」
「悪いな」
そうして三条はもう片方のベッドに陣を移した。というのも、こちらは窓のすぐそばにあって、簡単に外が見える。
そして深草は、高所恐怖症なのだ。二階のここは基本的に平気だが、窓のそばは心理的に抵抗があるらしい。
「というか、部屋を一階の書斎にすればよかったね。代わる?」
「うんにゃ、そこまで気を遣わなくていいよ」
「本当に? 北浜教授に気を遣ってるだけなら、大丈夫だと思うけどな」
「いや、ほんと大丈夫。なんていうのかな、窓の近くで寝るのが苦手って感じだから。昔映画で見たんだよな、寝返り打ったら窓から落下ってシーン」
「なにそれ。どんなB級映画だよ」
「それがミステリ映画なんだな」
「絶対つまらないでしょ、それ!」
二人して笑い、そこから会話に花が咲いた。旅行先の話というものは、なんでもないことでもよく弾むものである。
楽しく深草と話しているうち、三条はふと思い至った。
──この深草が、ゲームの持ち主かもしれないんだよな。
ならばカマをかけてみよう、と三条は考えた。
しかし、どうやってやるべきか。やり方に思索を巡らせる──思いつく。
名付けて「シュール作戦」だ。
こうして話している中で、急にゲームに関する単語を呟く。当然相手は怪訝な表情を浮かべるだろうが、その単語に心当たりがあれば、動揺など何らかの反応を示すことだろう。
命名センスはともかく良い案だ、と三条は内心で笑う。他の面子にも試せる手でもある。
会話を続けながら、三条は適当なタイミングを待った。
「……しかし、なんでアライグマよ? ぬいぐるみにしては珍しくないか?」
「これ汚れてるからアレだけど、世界名作劇場のヤツ」
「あーそう」
「かわいいでしょ」
「俺、北欧のでっかい犬の方が好きだわ。教授んちにも大型犬いるけど」
「あれはお涙頂戴感がなんかイヤなんだよね」
「お前、ひねくれてんなあ」
──そろそろか。
「プルミン!」
言った。
言ってやった。
ゲームのキャラクターの中で、特に違和感があったやつ。
さあ、反応はどうだ?
「……なんで知ってんの?」
来たっ!
「え? なにが?」すっとぼけてやると、
「……あ、いや……なんでもない」
深草は何かを間違えてしまったかのような表情を浮かべてから、言葉尻を濁した。
「ん、そう……」
空気が少し気まずくなったのをいいことに、三条は「ちょっとキッチン見てくる」と部屋を出た。
ドアを閉め、右の拳を軽く握る。
──まさか、一人目で釣れるとは思わなかった。
プルミンとはまさしく、あのゲームのキャラクター。そして、なんで知ってんの、という問い。仮にプルミンなるものが有名だとしても、あの言い回しは「三条は知らないはず」という前提があった。深草にとってのプルミンは、一般ではなく特殊であることを示している。
なんだ、僕は深草とすれちがったのか。拍子抜けだけど、スッキリしたぞ。
というか、深草のやつ、キャラクターにしのぶなんてつけちゃって。滝井のこと、好きだったりするのかな? だったら面白いなあ。
などと、晴れやかな気分で階段を下りると、ダイニングに人影を見つけた。
えらく小さい。牧野だ。薄いフレームの眼鏡の奥の瞳が、食器棚の中段に置かれた調度品に向けられている。
観賞用のチェスの駒だ。
デザイン重視で、手のひらに収まるサイズだが、そこはかとない高級感を醸し出している真鍮製。
「いいでしょ、それ」
三条が声をかけると、牧野は振り返って人懐っこい笑みを浮かべた。珍しい表情でもないのに、なんだか心が躍る。深草とのやりとりが、彗星のように尾を引いているのだ。当初ならば牧野にも「シュール作戦」を試みる予定だったが、そういう気が起こらない。
有り体に言って、三条は大変機嫌がよかった。
──しかし。
そんな彼の高揚感は、早くも次の瞬間に叩き潰されることとなる。
「おーい、お二方」
タンタン、と小気味よく階段を降りてきた、滝井。
その女性にしては大きい右手に握られているもの。
それを見て、三条は心臓が凍りつくような気持ちになった。
「これ、落ちていたわよ。知らない?」
ひらひらと揺れる右の拳からちょこんと飛び出たもの──それは、ニンテンドーDS用のタッチペンだった。
◎
動揺を必死に抑え込みながら、三条は素早く分析を試みる。
タッチペンの色は緑。黒いニンテンドーDSを使っている三条のものではない。
となると可能性は二つ。これこそが、誰かが持ち込んできたものというケース。そして、本当に落とし物であるケース。
となると、そうまで慌てる必要はない。単に拾っただけということも十分ある。確か、この別荘を前に使ったのは、親戚の子ども連れだった。
しかし、掃除は念入りにしたので、落ちていれば気付きそうなものだが……
まあ、こうまで動揺したのは、きっとこれを持っているのが滝井だからだろう。深草との件で印象が薄れつつあるが、ゲームデータには「しのぶ」というキャラクターがいた。それと合わさって、思わずビビッてしまったのだ。
「僕のじゃないよ。どこで拾ったの?」
嘘をついてはいないので、平静なまま会話を継ぐことができた。
「二階の廊下。隅のほうだったけどね」
ならば、ゼミ生の誰かが落としたということもあるか。やはり深草か。
それとも、滝井自身の自作自演ということはないだろうか……いや、メリットが思いつかない。
「ふうん。預かっとこうか?」
とりあえず、管理人のポジションを利用して尋ねてみると、
「んー、他の人に当たってからにするわ。ねえ由美、これ違う?」
ボーイッシュさが滲み出ている気さくさで、牧野に質問が振られた。
が。
「あ、ああ、あたし知らないよ。ゲームやんないしっ。別の人のじゃないっ」
狼狽という文字が頬に浮かんでくるかのような慌て具合で、牧野は愛想笑いを浮かべながら後ずさった。
そして「へへへへ」と奇妙に笑いながら、階段を昇って部屋へと戻っていく。
……なんだ、あれは?
滝井と二人して、顔を見合わせた。深草にカマを掛けた段階で満足していたが、あの牧野の反応もおかしい。タッチペンの所有者なのかどうかは分からないが、何かを知っていると見えた。
追随して、滝井に対する疑念も増す。さっきまではそう思わなかったが、深草も牧野もどこかしら怪しいと感じられるところがある今、滝井も同列となったのだ。「しのぶ」の件、やはり無視するわけにいくまい。
「なんだろうね。今の」
三条が問うと、滝井は海外ドラマの演技のように肩をすくめた。
「さあ。案外あの子のだったりしてね。確認に行ったのかも」
「そうかな。そんなに慌てることとは思えないけど。牧野さんゲームやんないし」
「私もそう思うけど。人の反応なんてそれぞれなわけだし」
それを言われてはおしまいである。三条は今、まさに他人の反応からニンテンドーDSの持ち主を探しだそうとしているのだから。
しかし、これで橋本以外のゼミ生は何らかの反応を見せたことになる。大変だ。三条は頭を抱えたくなった。
同時に自嘲の念も首をもたげてくる。ほら見ろ、でしゃばるから。素直に訊いて回っていればよかったんだ。
「はーあ」
「なによ、三条君。ため息なんてついちゃって」
「え? まあなんでもないよ」
「悩み事でもあるの?」
「ないない、いたって元気」
「だったらもっと元気出さなきゃ。真帆くらい見習いなさいよね」
「はは、あれは元気すぎるよ……」
笑顔120パーセント、という表現の意味が分からなかった三条だが、橋本と出会うことでなんとなくわかってきたのである。確かに度を越したポジティブな元気は笑顔の限界を超える。
なんて会話をしていると。
「あれ? どったの?」
噂をすれば、ではないが、三条と滝井に声を掛けつつ、橋本が階段を降りてきた。わずかに汗ばみながらも充実した顔つきが、さっきまで荷物の整理をしていましたと語っている。
これ幸いとばかりに滝井がそちらを向き、尋ねた。
「いやね、上でDSのタッチペン拾ったのよ。真帆のかしら?」
橋本は眉をひそめて立ちどまり、首をかしげた。
「何色?」
「ん? 緑」
「ふーん。じゃあ違うなー」
ゆるい雰囲気で答え、三条達を横切って行く。どうやらトイレに行きたいようだ。
「二階にも、トイレあるけど?」
「……嘘」
「一応さっき言ったけどね。まあどっち使ってもいいけどさ」
「しょうがないなー。せっかく降りてきたわけだし、一階でやってやるか」
女の子がそういうことを言うものじゃないだろ、と心の中で突っ込む。
そして──違和感を覚える。
さっき橋本、「じゃあ違う」と言っていたな。もちろん、彼女のニンテンドーDSは色が違うということだろう。それは自然なことだ。
だが、仮に橋本がここにそれを持ち込んでいなかったならば、単に「持ってきていない」とだけ言えばいい話ではないか?
──よって、こうなる。橋本は、ニンテンドーDSを持ってきている。あれだけの荷物で来たのだ、入っていてもおかしくはない。
だったら、真帆とすれちがった可能性も濃くなってしまうではないか!
参った。最後の砦も怪しくなってしまった。ため息をつき、滝井と別れて自室に戻る。読書をしている深草を横目に、窓を開けて半身を乗り出した。夏場とはいえ七時が近くなってくると、もう明るさも大分失せてきている。
「よくやるよな、そんなこと」
深草の畏敬の念がこもった声をやり過ごしながら、景色を眺める。二階という丁度いい高さから見える木々の隙間から、沈みかけの夕日がちらりと光るのがいい。もやもやとしている心が洗われるようである。
ふと右側を見る。別荘の壁面と、隣の部屋の窓があった。真ん中の客間だから、橋本が使っている部屋だ。頑張れば覗ける。そんなことをしてもどうなるというのか、という思いはあるものの、そぞろに三条は試みてみた。
──着替え中の、下着姿の橋本が映った。
うわっ、もうトイレから帰ってきてるのかよっ。
じゃ、なくて。
やってしまった。反射的に身を引っ込め、照れ隠しに頭をわしゃわしゃと掻き毟る。
「どうした? 俺の体質がうつった?」
からかう深草にも、今見たものを正直に言える気が起こらず、まったく反論できない三条だった。




