表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Grim Reaper

GrimReaper - wish

作者: あると

どうにも集まらない。

通帳の数字は、寂しい桁数だった。タンスの奥をひっくり返しても、ゴミと防虫剤の匂いしかない。銀行、職場、同僚、親戚、昔からの友だち。誰もが首を振っていた。

「三千万」

大金が必要だった。なけなしの金で宝くじを買うか、競馬につぎ込むか。ギャンブルとは縁のない生活をしてきた。買い方もよくわからない。ビギナーズラックに期待するほど、馬鹿でもない。

サラ金、闇金などもってのほかだった。取り締まる側の人間がそれに手を出したら、人生が終わる。組織へのダメージにもなりかねない。

「三千万……か」

あと十年、いや数年でもあれば、出世して給料もいくらかよくなっていただろう。貯蓄もできていたはずである。だが、彼は就職して一年足らずだった。貯金は言うに及ばず、退職金もわずかな足しにしかならない。

「こんなことなら、親父が生きていることにすればよかったな」

半年前に最後の肉親は他界していた。あたりまえのように葬儀を行い、死亡届を出した。ちまたで話題になっている年金詐欺はすでに手遅れだった。そもそも一年やそこらで貯まる額でもない。

彼は最愛の妻の名を口にしてみた。

今し方見舞いに行ってきたばかりだ。彼女は白いベッドの上だった。血の繋がりがない妻だけが、彼の唯一の家族だった。彼女もまた、彼だけが家族だ。

「どうすればいい」

強盗、詐欺、誘拐。犯罪の種類は数あれど、警察官である自分が手を染めることは絶対にない。

彼は願わずにはいられなかった。

自分が犯罪者であったならば、と。そうすれば、たやすく金を稼げたかもしれない。人を人と思わず、自分勝手な理由で奪い取る。他人が不幸になることに構わず、ただ人の富を搾取する。捕まったら適当な言い訳で反省する振りをすれば、幾度となくやり直しが可能なのだ。

できはしない。

できるわけがない。

それが自分だ。


「あなたの魂はおいくらですか」

不意に声をかけられた。気づくと官舎の近くの公園だった。病院からの帰り道、考え事をしながらここまで来ていたらしい。歩きで数時間の距離だ。夜はすっかり更けていた。

「どちら様ですか?」

スーツ姿の男が黙礼した。細い縁の眼鏡の奥で、切れ長の目が見つめていた。

「私はこういうものです」

差し出された名刺に、アルファベットが一行書かれていた。

「死神です」

死神と名乗った男が再度頭を下げた。

「はあ」

頭の弱いヤツかもしれない。保護する必要があるかどうか、様子を窺った。

「必要ありません。仕事熱心なのは結構ですが、今はあなた自身のことを考えるべきでしょう」

「なんだって」

心を読まれた? そんな馬鹿なことがあるか。

「お金が必要とのことですが」

何故、知っている。

「取引、というと聞こえが悪いのでしょうが」

死神は眼鏡を押し上げた。

「あなたとは、取引ができます。もちろん、対価はお支払い願いますが」

取引。金。三千万。治療費。

「本当か!」

本能が告げた。

やめろ、と。

「もちろんです。ただし、支払いは必要です」

「構わない。この身でなんとかなるなら、なんでもやる」

すがりついた。妻を助けることができるのならば、なんでもよかった。犯罪だけは、人を悲しませることだけは、やれない。それ以外のことなら、できる。

「そうか! 気づかなかった」

この身体なのだ。腎臓、肺などの臓器だ。それならば、人が不幸にならない。むしろ、移植された人間は幸福になるはずだ。

「三千万円分、受け取れ」

「わかりました。三千万円で取引成立です」

死神は眼鏡を取り、胸ポケットにしまった。

「事後処理はお任せ下さい」

両の肩をつかまれた。身体が動かなくなる。すさまじい力だった。

「頼む――」

妻を助けてくれ。

それが最後の言葉だった。

死神が男の唇に触れた。男は痙攣して力を失う。死神が唇を離すと、白い蛇のようなものが繋がっていた。それを引きずり出すように吸った。やがて、尻尾が現れ、吸い込まれていった。

「支払いを確認しました」

死神は男を横たえ、眼鏡をかけ直した。


「手術は、成功ですよ」

看護士が震える声で囁いた。

目を開けると、白い天井だった。

そこにいるはずの夫がいなかった。仕事が忙しいのだろうと、ぼやけた頭で考えた。もう少しすれば、会いに来てくれるだろう。

「ゆっくり休んでくださいね」

何故だか、不安を感じた。看護士の声が沈んでいたのが気になった。


暗い部屋で、彼は妻が起きるのを待っていた。臓器はひとつも欠けていない。

司法解剖は、家族の了承を得てからが望ましかった。

失われたのは、ただひとつの魂。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ