第30章:大地と砂漠を越えて(第3部)
I. 銀狼の背に乗って
巨大な銀狼の姿となったアルテミスは、もはや毛並みと爪が一体化した一筋の閃光となり、大地を喰らうように疾走していた。その背の上で、クリスタルは意識を失ったまま横たわっている。背後に陣取るアンキロスは、自らの腕力を振り絞って彼女の体を固定し、疾走の慣性によって虚空へと放り出されないよう必死に支えていた。
彼らの背後では、リヴァイアサンのシルエットが影の塊となって薄れていく。空高くそびえ立つ**『暗黒のユグドラシル』**は、太陽にさえ手を伸ばさんとする巨大な黒い指のように枝を広げ、まるで冒涜の記念碑の如く君臨していた。 あの地獄にシーザーとジューンを残してきたという心の重荷は、いかなる肉体的な疲労よりも重く、彼らの魂にのしかかっていた。
II. 鼓動する森
都市の鋼鉄の廃墟を抜けると、一行はかつて豊穣を誇ったであろう森へと足を踏み入れた。しかし、かつての緑は遠い記憶の彼方にある。今や樹木はあり得ない角度で捻じ曲がり、その黒い幹は不気味な瘡蓋に覆われていた。地面からは太い根が噴き出し、陰鬱なリズムで脈打っている。それはまるで、紅の預言者の汚染を大地の深淵へと運ぶ血管のようだった。
枯れ果てた茂みの影には、異形の獣や昆虫の群れが潜んでいたが、アルテミスの進撃が止まることはない。彼女はその脚で障害物を踏み砕き、行く手を阻むあらゆる存在を牙で引き裂いた。呼吸は絶え間ない咆哮となり、返り血と黒い樹液に汚れた銀の毛並みは、この枯死した世界における唯一の光跡だった。
III. 岩壁の垂直と黒き水
地形はさらに険しく、敵意に満ちたものへと変わる。石の牙を剥き出しにしたような断崖絶壁の山々が、彼らの行く手を遮った。アルテミスは強靭な爪を岩肌に食い込ませ、不屈の意志で垂直に近い斜面を駆け上がっていく。肺は酷使によって焼けるように熱かったが、クリスタルを救い、シーザーの命を果たすという一念が彼女を突き動かしていた。
山頂を越えた先で彼らを待ち受けていたのは、激しく渦巻く濁流の河だった。それは清らかな水ではなく、生物汚染の残骸を孕んだ、どろりと油じみた暗黒の液体だった。躊躇うことなく、銀狼は濁流へと飛び込む。氷のように冷たく毒性に満ちた水が容赦なく打ちつけたが、彼女は激流に抗い、対岸へと辿り着いた。全身を濡らし、震えながらも、その足が止まることは一秒たりともなかった。
IV. 焼かれた砂の海
やがて森と山は消え、眼前に現れたのは荒涼たる虚無――砂漠だった。どこまでも続く砂丘の海。容赦ない陽光が彼らの肉体から水分を奪い去り、細かな砂が風に乗ってアルテミスの毛並みやクリスタルの傷口に入り込む。
どれほどの距離を駆け抜けたとしても、遠い地平線を見上げれば、あの巨大な暗黒の樹影がいまだに目に映った。それは逃れることのできない呪いの如く、紅の預言者の力が国境など持たぬことを知らしめていた。
埃にまみれ、疲れ果てた彼らの瞳は、今やガルガンチュアの兆しを求めていた。天へと続く架け橋、神話に謳われるアトラス。それが彼らに残された唯一の希望だった。しかし、道は依然として、大地に刻まれた開いた傷口のように、彼らの前へと果てしなく伸びていた。




