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第27章:理性の蝕(第3部)

I. 灰の中の決意


 ヤナは、流星のようにその命を燃やし尽くし、消えていった……。  紅の預言者の一撃は、完遂されたのだ。  預言者はその場に佇んだまま、ゆっくりと、そしておぞましく己の頭部を再生させていく。  他の預言者たちは、あまりの光景に呆然と立ち尽くしていた。


 ただ一人、クリスタルだけが即座に精神を立て直した。  彼女はアンキロスに彼の腕輪の一つを渡すよう要求した。あのような化け物を打倒するため、一人ずつ確実に仕留める決意を固めたのだ。残された者たちは、せめて怪物の進撃を食い止めるべく、その足止めに回る。


 紅の預言者は、引き裂かれた衣服を纏ったまま、緩慢に頭部を再生し続ける。  クリスタルは、廃墟と化した大通りの真ん中を静かに歩み始めた。  預言者は再生途中の頭部を揺らしながら、クリスタルが近づくのをただ黙って許していた。


 クリスタルの目から涙が零れ落ちるが、彼女は何事もなかったかのように表情を消した。  預言者の二メートル前で足を止める。足元の路面には、ヤナの唯一の形見である二つのサイオニック・ブレスレットが、赤熱したままアスファルトに溶け込んでいた。  クリスタルはうつむき、紅の預言者が撒き散らした惨状を見つめる。


「……すべてを止めて。あなたが殺したいのは、私でしょう……?」


 紅の預言者は、ただ怨念に満ちた瞳で彼女を見つめ返した。異形に歪んだ口は、未だ開かれることはない。  ……。 「……すべてが終わるまで、私は止まらぬ」  ……。


 クリスタルが武器を構えた。  紅の預言者は彼女を横目で捉え、同じく構えを取る。  クリスタルの全身が硬質な水晶の層で覆われていく。  対する預言者の肉体は、風にたなびく薄衣のように不気味に揺れていた。


II. 水晶と肉の衝突


 クリスタルが最初の一撃を放つ。紅の預言者はそれを完璧な動作で防御した。  次いで放たれた連撃も、預言者は寸分の狂いもなく受け流す。  クリスタルの両手から鎖が噴き出し、その先端に付けられた刃が空を舞う。  縦横無尽に振るわれる鎖の刃を、預言者は無様にすら見えるほど、しかし完璧な回避で避けていく。


 クリスタルの一撃が預言者の腹部を捉えた。熱したナイフがバターを裂くように深く沈み込み、その傷口から預言者の肉体が瞬間的に結晶化していく。だが、預言者は強引にクリスタルの手を跳ね除けた。  砕け散った水晶と鏡の破片が、路面で激しく火花を散らす……。


 あまりの衝撃にクリスタルはよろめき、均衡を失った。そこへ、弾丸の如き速さで預言者の追撃が迫る。  クリスタルはそれを見逃さなかったが、あまりの速さに防戦が精一杯だった。両腕を交差させ、辛うじて急所をガードする。  だが、その重い衝撃に彼女の体は弾き飛ばされた。


 アスファルトとの摩擦で激しい火花が上がり、彼女の髪が地面を叩く。  滑走する彼女を追って、紅の預言者は翼を広げて跳躍した。無限の慣性を維持したまま、クリスタルへと肉薄する。


III. 空中での死闘


 クリスタルはすべての鎖を放出し、空中で慣性を殺そうと足掻いた。アスファルトから制御不能な火花が噴き上がるが、鎖は激しい勢いに弾かれ、制動が効かない。彼女の胸部を守る結晶装甲には、無数の亀裂が走っていた。


 二つのブレスレットを以てしても、彼女は圧倒されていた。  紅の預言者はその巨躯でクリスタルを押し潰し、アスファルトと自らの質量、そして殺人的な慣性の間に彼女を閉じ込めた。火花が散り、クリスタルの鎧が砕ける音が響く。  刹那、クリスタルは一本の鎖を預言者の体に絡め取り、強引にその進行方向を変えさせた。彼女は地面を支点に180度の旋回を行い、鎖をピボット(軸)にして預言者の巨体を一時的に繋ぎ止める。その隙に、彼女は預言者の顔面を幾度も、幾度も殴りつけた。


 しかし、紅の預言者はその翼を叩きつけ、空中で激しい回転を始めた。回転を増すごとに、クリスタルは預言者の体から引き剥がされていく。  ついにクリスタルは放り出され、アスファルトへと激突。結晶の鎧をスケートの刃のように滑らせながら、激しい勢いで地面を削る。


 彼女が体勢を立て直す間もなく、預言者は彼女を掴んだまま建物の鉄骨(梁)へと叩きつけた。梁が悲鳴を上げて軋む。預言者は彼女の鎖を逆に利用して梁に巻き付け、彼女自身を自らの策略の中に縛り付けた。


IV. 神性の証明


 紅の預言者は、クリスタルを梁に押し付けたまま上昇した。鉄骨との激しい摩擦が、彼女の結晶装甲を限界まで削り取っていく。  ついに梁の拘束から逃れたとき、そこは地上から数キロメートル上空の「空」だった。  紅の預言者は、この高みから彼女を葬り去るつもりだった。


 クリスタルは空中で鎖を操り、預言者の肉体に食い込ませた。鎖を巻き付け、彼の肉を削り、翼の動きを妨害して墜落させようと足掻く。制御を失った二人は、空中で幾度も激しく回転し、もつれ合った。


『轟音と共に(With a Thunderous Hit)!』 『繋ぎ止める鎖を断ち切る(I Break the chains that binds)!』


 圧倒的な力によって、クリスタルの鎖が砕け散った。預言者の翼が力強く翻り、クリスタルは制御を失って自由落下へと放り出される。


 紅の預言者は、自らの最高の一撃を放つべく、その手を異形へと変形させた。  直撃。クリスタルはその衝撃を全身で受け止め、叩きつけられるように地上へと墜落した。


 預言者は地に降り立つことはなかった。羽ばたく翼で地上から数センチの場所を浮遊し、自らの「神性」を知らしめるように見下ろしていた。  クリスタルは弱々しく立ち上がろうとする。鎧は完全に粉砕され、その体は傷だらけだった。  紅の預言者は、辱めるようにクリスタルの髪を掴んで引き上げた。彼女には、もはや抵抗する力は残っていない。


 預言者が最後の一撃を振り下ろそうとした、その時。


 満身創痍ながらも再起を果たしたシーザーが姿を現した。彼は預言者の手からクリスタルを強引に奪い去る。


「……かつて、お前は俺を救ってくれた。その借りを、今ここで返すぜ……」


 紅の預言者は、ついにクリスタルを処刑する機会を逸した。

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