第23章:雷神の浸食(第3部)
――ッ、ズガァァァン!!
大気が悲鳴を上げた。巨大な木の腕がトラックほどの質量でシーザーを押し潰そうとするが、叩きつけられたのは空虚なアスファルトのみ。 シーザーは既に巨人の項を取っていた。 五万ボルトの電流を帯びた、研ぎ澄まされた一閃。木と骨で形成された巨人の首が、断ち切られて転がり落ちる。
だが、シーザーの着地は無様だった。 彼は泥にまみれ、かつての王の如き装束を汚しながら地面を転がった。激しく咳き込むと、鼻からは黒く凝固した血が滴り落ちる。
(クソッ……神経系が焼き切れてやがる……)
思考は光速に達していても、数年の冷凍睡眠で萎縮した肉体は、重い錨のように彼を縛り付けていた。**「迅雷歩」**を繰り出すたびに筋肉は裂け、自らの膨大なエネルギーによる重圧に骨が軋む。 そして何より残酷なのは、この苦痛が無意味だということだ。 背後では、首を失ったはずの巨人が、湿った根を編み込み、既に新たな頭部を再生させていた。怪物どもには、痛みも疲労も存在しない。
II. 山の如き忍耐
**紅の預言者**は、退屈そうにあくびを噛み殺した。 それは些細な仕草だったが、混沌の戦場において雷鳴のごとく響き渡る。
「……輝かしいな」 預言者の静かな声が、戦場の喧騒を貫く。 「だが、お前の輝きは寿命が尽きかけた電球のようだ。お前の力は有限だが、私の庭園は永遠なのだよ」
預言者が人差し指を微かに持ち上げた。
――メキッ、メキメキッ……!
シーザーの足元の地面が液状化し、アスファルトは植物の「顎」を持つ底なしの沼へと変貌した。シーザーは反射的に廃ビルへと逃げ込み、壁を突き破りながら奥へと駆け抜けた。電弧を散らし、窓を粉砕して捕食の手から逃れようとするが、そのビル自体が既に「生きて」いた。 闇に咲く花を携えた蔓が、蛇のように彼を絡め取ろうと迫る。 街のすべてが、預言者の武器。シーザーは今や、巨獣の胃袋の中で戦っているも同然だった。
III. ひび割れた遺物
曲がった街灯の上に降り立ったシーザーは、手負いの獣のように喘いでいた。 視界が霞む。蒼い雷光のオーラは激しく明滅し、今にも消えそうだ。彼は己の右腕を見つめた。
その三つ目の腕輪――かつて破壊を試みた、ひび割れた古の遺物。それはかつての宿敵、クリスタルが所有していたものだ。腕輪は耐え難い熱を発し、激しく振動している。度重なる酷使と光速の雷力による負荷は、既に限界を超え、彼を逃げ場のない袋小路へと追い詰めていた。
(この三つ目の腕輪を持ってしても、あの「真紅の悪夢」には届かねえのか……)
眼下では、**『ダリの長足駱駝』**がついに広場に到達していた。 針のように細い脚が、ゆっくりと降り下ろされる。標的はシーザーではない。非力な虫けら共――リックとトレバーだ。ギロチンの如き緩慢さで、巨大な脚が教授を押し潰そうとした。
「しまっ……!!」
思考よりも早く、シーザーは動いた。蒼い閃光となって消失する。
IV. 肉と電撃の盾
――ドォォォォン!!
死を覚悟し、目を閉じたトレバー。だが、衝撃は来なかった。 目を開けると、そこには煙を上げる背中があった。
シーザーがそこにいた。片膝を突き、その両手で巨大な駱駝の脚を受け止めていた。 腕が激しく震える。純粋な電撃が感染した駱駝の神経を焼き切り、過負荷がその巨脚を真っ二つに断裂させた。駱駝が崩れ落ち、さらなる地響きと共に周囲のビルをなぎ倒していく。
だが、その直後。
「預言者が……!」トレバーが悲鳴を上げた。 「黙れ……走れッ……!」シーザーが唸る。
耳から血が噴き出し、凄まじい重量が彼を地面へと沈めさせる。 そして、獲物が動きを止めたのを見た紅の預言者は、初めて真の笑みを浮かべた。その口元からは、あまりにも多くの牙が覗いている。
「気高いな」預言者は嘲笑った。「旧時代の英雄の弱点だ。自分を焼きながら、塵芥を守るとは」




