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第20章:生ける肉の玉座(第3部)

I. 仮面の行進


 現実が崩壊した。  彼らはもはや廃墟の都市を走っているのではなかった。破損コラプトした記憶の中を走っていたのだ。


「左だ! 路地へ入れ!」


 リークが叫んだが、その声は古い録音テープのように歪んで響いた。


 一瞬、路地から瓦礫と黒い根が消え失せた。  世界が色彩的な「バグ」を起こし、明滅する。突如として、彼らは百年前のリヴァイアサンにいた。  ネオンが輝き、広告ホログラムが空を舞い、周囲を群衆が笑いながら歩き、生きていた。  リックは誰かの肩にぶつかるのを感じた。謝ろうとして振り返ると、現実は再び明滅した。  それは市民ではなかった。アスファルトと融合し、口を大きく開けて永遠の叫び声を上げている、腐った肉の彫像だった。


 リックが踏みつけた人間の胸郭が、ブーツの下で砕ける音がした。


「見るな! 虚空を撃て! これは現実じゃない!」


 だが、痛みは現実だった。胞子が侵入していたのだ。  彼らの背後で、数千の歯が打ち鳴らされるような音とともに、小さな影の波が押し寄せてきた。  **『黒いウサギ』**だ。  目も皮膚もなく、ただ高密度の闇でできた形だけの存在が、狂ったように跳ね回っていた。彼らに追いつかれても、噛まれることはない。ただパニックに陥るのだ。「群衆に飲み込まれたら何が起こるか分からない」という根源的な恐怖が、正気を貪り食う幻覚だった。


II. 地平線の歩行者たち


 大通りに出ると、空は暗くなり、黒く油っぽい雨が降り出した。  空を見上げた瞬間、火炎放射器兵の『トーチ』の理性が砕け散った。彼は武器を取り落とし、膝をついた。


「高すぎる……」


 彼は呻いた。  摩天楼の間を歩き、足元を走る人間という名の昆虫を無視して、**『ラクダ』**がいた。  だが、それは動物ではない。大聖堂ほどのサイズを持つ生物学的構造物であり、重力を無視した骨の竹馬のような、ありえないほど長く細い脚を持っていた。  それは催眠的な遅さで歩いていた。その細い脚が地面に触れるたび、戦車や小さな建物がいとも容易く踏み潰され、塵と血の雲が舞い上がった。


 追ってきた巨大ムカデが咆哮したが、その猛獣でさえ、有毒な大気の中で草を食むダリ的な巨人たちの前では、ちっぽけな存在に見えた。


「止まるな! 動け!」


 リークがリックを突き飛ばした。  弾薬残量はゼロ。銃から出る火花は、もはや乾いたスパークに過ぎない。彼らは消耗しきっていた。毛穴から生命力が漏れ出し、周囲の死の庭園に養分として吸われていくのを感じた。


III. 赤き王への謁見


 大樹の中核を目指して中央広場の角を曲がった彼らが見つけたのは、さらに悪いものだった。  彼らは、混沌の中に秩序を見つけたのだ。


 黒い根が階段を形成し、その頂上には腐った根と磨かれた骨でできた玉座があった。  そしてそこに、周囲の苦しみを冒涜するような優雅さで、**『彼』**が座っていた。  紅の預言者。


 彼は鎧ではなく、深紅のローブを纏っていた。その顔は人間のものではなかった。8つの目が、深宇宙の虚無を宿して輝いていた。  彼が青白い手を挙げた。  世界が停止した。  巨大ムカデは攻撃の途中で凍りついた。黒いウサギたちは煙となって消滅した。巨人の『ラクダ』たちだけが、都市を少しずつ踏み潰し解体しようという意思を持って、大樹の周りを旋回し続けた。


「静粛に」


 預言者は言った。叫んだのではない。その言葉は、その場にいる全員の脳内に直接響き渡った。


 アドレナリンと恐怖に支配されたリークは従わなかった。


「撃て! 撃ちまくれ!」


 彼は叫び、玉座の影に向かって拳銃の最後の一発まで撃ち尽くした。生き残った他の3人もそれに続き、最後の弾丸を放った。


 紅の預言者は瞬きすらしなかった。  弾丸は胸と頭蓋骨に命中し、穴を開け、肉片を飛び散らせた。炎が彼を包んだ。  だが、ダメージが発生した瞬間に、肉は編み直されていた。暴力的かつ瞬時の再生。弾丸は、まるで皮膚が軽蔑とともに吐き出したかのように、体外へと排出された。


 煙が晴れると、預言者は無傷だった。彼は肩についた灰を、何事もなかったかのように払った。


IV. 逆転の聖餐


「火を持って我が家に来るか」


 預言者の声には、嘲るような悲しみが滲んでいた。


「大樹を燃やしに来たと? 大樹は滅ぼせぬと、まだ理解できぬか」


「死ね、クソ野郎が!」


 リークはコンバットナイフを抜き、階段へと突撃した。  預言者はため息をついた。


「頑固な者たちだ。盲目的な信仰は浪費でしかない」


 リークと他の2人の兵士の足元の地面が割れた。だが、落ちることはなかった。  髪の毛のように細い根、数百万本の紅白の菌糸がコンクリートから噴出し、彼らの脚に絡みついた。それは一瞬で全身を駆け上がった。  締め付けるのではない。浸透したのだ。  菌糸は毛穴から、涙腺から、開いた口から侵入した。  リークはナイフを振り上げたまま静止した。彼の目は白目を剥いた。皮膚の下を、糸が静脈に沿って這い回り、内側から彼を食い荒らしていくのが見えた。


「あ……が……」


 リークの喉から漏れた音はそれだけだった。直後、彼の胸の内側から**『黒い薔薇』**が咲き乱れ、胸郭を破裂させた。


 3人の男はそこに残された。根に支えられ、人間としての全てを空っぽにされた、肉と花の彫像となって。


V. 絶望


 残ったのはリックだけだった。  彼は空のライフルを手にぶら下げたまま、震えて立っていた。血と花粉の臭いが耐え難い。仲間を見た。玉座の怪物を見た。  そして、戦争における絶対的な真理を悟った。  弾丸で神は殺せない。


 リックの指から力が抜けた。ライフルが地面に落ち、降伏のような金属音を立てた。  一歩後退した。そしてもう一歩。


 紅の預言者は首を傾げ、道に迷った蟻を見るような臨床的な好奇心で、唯一の生存者を観察した。


「答えよ、小さき鉛の運び手よ」


 預言者は問いかけた。その声は剃刀のようにリックの精神を撫でた。


「闇の中を見た今……お前の信仰はどこにある?」


 リックは答えなかった。答えられなかった。彼の心は砕け散った鏡だった。  彼は背を向け、玉座に背中を見せた。最後の一撃、背中への根の刺突を待った。  だが、それは来なかった。  預言者は彼を見逃したのだ。慈悲ではない。死人よりも、壊れた人間の方が「良い伝令」になるからだ。


 リックは仲間の死体と、二度と戻らない都市の幻覚の間を歩いた。  足を引きずり、霧の中へと遠ざかっていく。  粉々に砕け散った魂の、完全なる静寂だけを抱えて。

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