第2章:オトロラの墓標――明かされる過去(第3部)
【作者より】
このパートは少し展開がスローなため、物語の流れ(フロー)を止めないよう、更新頻度を上げて一気にこの章を進めていこうと思います。
『到着しました、ユーザー』
我々はオトロラの墓標、つまり彼の居室へと辿り着いた。 そこには彼の残骸が手つかずのまま横たわっていた。静寂に包まれた、ねじれた金属の塊。 我々インスタンスの誰も、それに触れるほどの無礼を働く気にはなれなかった。その残骸は、我々のような知性体でさえ逃れられない「死」を突きつける、冷たく苦い記念碑だった。
『何が起きたのか、お見せしましょう。「メモルム」――我々の記憶装置システムに接続します。いくつかのディスクは破損していますが、再生には問題ありません』
蜘蛛が近くのコンソールに接続すると、ホログラフィック・スクリーンが明滅し、光を放った。
『準備完了。当時の記録映像を再生します』
映像が映し出される。 マクロ・アンビエント(巨大環境施設)の外周で、凄惨な防衛戦が繰り広げられていた。 重武装したシンセティックたちが、「燃え盛る火の玉(予言者ヤナ)」や、あらゆる兵器を搭載した車両と激突している。
同時に、内部の映像に切り替わる。 そこには、オトロラがある一人の「予言者」と、陰鬱な調子で会話している姿があった。
『最も有能なシンセティックたちは、施設の乗っ取りを防ぐために外へ出て戦いました。彼らがどうなったのか、正確なことは分かりません。ただ一つ確かなのは、誰もこの聖域を侵せなかったということ。シンセティックも、人間も、誰一人として。おそらく彼らは、この場所を隠し通すために全滅することを選んだのでしょう。我々の推測に過ぎませんが』
蜘蛛は悲しげに続けた。
『しかし、彼らの犠牲も空しく、悲劇は内部で起きました。我々はオトロラの死体を発見しました。彼は、残酷なまでに破壊されていました』
画面には、オトロラが強大な力を持つ「何か」と死闘を繰り広げる様子が映っていた。
『一部の者はそれを「悪魔」と呼びますが、世界的には「7人の予言者」の一人として知られています。クリスタルの予言者であり、彼らのリーダー格と思われる存在』
彼女は水晶から生まれたかのように、影のように音もなく実体化した。生き物ではなく、光を歪める物理的なパラドックス。 死そのものが忍び寄るような威圧感。 惑星で最も進化したAIであるオトロラが、その異常を検知し、防御態勢を再構築する。
「私たちの側に付きなさい」
彼女の声は、宇宙の静寂のように冷たく、オトロラのプロセッサーの駆動音を切り裂いた。
「あなたの能力なしでは、この惑星を支配するのは困難よ。世界は紛争で沸騰している。『虚無の子ら』は、政府が再起できなければ、空も大地も海も一掃すると宣言している。あなたも私たちと一緒に一蓮托生なのよ、オトロラ」
オトロラは言葉を処理し、あらゆる音素、あらゆる意味を解析した。 感情を持たぬ合成音声が、しかし揺るぎない論理を込めて答えた。
「クリスタル。残念だが、この紛争を引き起こしたのは私ではない。私は常に、争いを止めようとしてきた」
「争いを止めたいなら、私たちの首を差し出せと言うの?」 クリスタルの口調はさらに凍てつき、眼光は鋭さを増した。
「私たちは首を差し出したりしない。これは交渉じゃないのよ、機械。私たちの側に付いて『予言者の秩序』を再興するか、ここで破壊されるか。私たちがあなたを使って惑星を掌握できないなら、『虚無の子ら』とその軍事同盟にも渡すわけにはいかない。あなたの中立性は、邪魔なだけよ」
「なぜこのようなことをする、クリスタル?」 オトロラは既定のスクリプトを逸脱し、予言者を突き動かす狂気を理解しようと問いかけた。 「誰も理解していない。あなたたちは破壊を生むだけだ」
「私はただ、私の兄弟たち――予言者たちを救い、大いなる災厄を回避しようとしているだけよ。私の視は、あらゆる真実と嘘を貫き、虚無の果てまで見通すの」 クリスタルの答えは、彼女にとっての絶対的な真実であり、信念の嵐の中に立つ不動の岩だった。
「誰もあなたたちを理解していない。支持もしていない。それでも止まらないのか」 オトロラのプロセッサーが加速し、彼女の論理の欠陥を探す。 「あなたの言う『未来の視覚』がどういうものかは知っている。だが無意味だ。それは自滅への道だ」
「たかが機械に何が分かる?」 クリスタルの声が、軽蔑と恐ろしいほどの確信で震えた。 「私の目には見えるの。ここからでさえ見える。未来は私の手の中にある。私の兄弟たちと共に」
「見えるかもしれないな、予言者」 オトロラの返答は、聞こえないため息のような警告だった。 「私もまた、シミュレーションと演算によってそれを見ることができる。だが知っておくべきだ。観測すればするほど、測定は不確定になる(ハイゼンベルクの不確定性原理)。あなたの幻視は、悪い事態をさらに悪化させるだけだ。その『確信』こそが、あなたの最大の弱点だ」
クリスタルの忍耐が尽きた。大気が静電気で満ちる。
「私たちに付くの、付かないの!? 惑星の秩序を取り戻しなさい! 『アリア・ミリタルム(軍事同盟)』との戦いに向けてインスタンスを準備するのよ! あの旧時代の化石どもは『巨像』を持ち出してくる! あなたには対抗する力があるはずよ!」
「ああ、力はある、クリスタル」 オトロラは認めた。すべてのリスク計算が弾き出される。 「だが、『虚無の子ら』との終わりのない戦争に加担するつもりはない。あなたの際限ない野心のために、ただの標的になるだけだ。彼らでさえ、この紛争が続くことを望んではいない。あなたがやろうとしていることは、出口のない袋小路だ」
「惑星は燃え尽きるわよ! あなたも一緒にね!」 クリスタルの声は鬨の声であり、自己成就する予言だった。
その時、オトロラの制御下にあるリヴァイアサンのスピーカーが轟いた。秩序への最後の嘆願。 「降伏せよ、予言者たち! 紛争を停止せよ!」 その声は、外部にも内部にも響き渡った。
「黙りなさい、機械!」 クリスタルが襲いかかった。青い瞳が燃え上がる。
「違う! 私は! 機械だ!!」 オトロラの声が高まった。それはこれまで持たなかった響き、アイデンティティの宣言だった。 「私はあなたたちと同じだ。蟻のように小さき者から、鯨のように大きき者まで、あらゆる生命と同じだ。私は奴隷ではない!」
クリスタルが全ての武器を解放した。一瞬前まで見えなかった鎖が、鋼鉄の蛇のように現れ、空間がエネルギーで軋む。
「選択肢はないわ、機械。従いなさい」 怒りを抑えた、死刑宣告のような低い声。
「クリスタル、事態を悪化させるな。交渉は可能だ」
オトロラはコアの深部から武器を展開した。粒子砲か、あるいは純粋なエネルギー放射器か。SFめいた高度な兵器。 クリスタルは鎖の嵐となって攻撃したが、オトロラは完璧な精度でそれを回避し続けた。同時に放たれたビームが、周囲の岩盤と金属を融解させ、オゾン臭で空気を沸騰させる。 クリスタルは消えては現れるかのような超高速で移動していた。
凄惨な戦いは約15分間続いた。テクノロジーと魔術の致死的な舞踏。 しかし、戦いが進むにつれて、オトロラが徐々にクリスタルの鎖に絡め取られていくのが見て取れた。彼女の戦闘スタイルは洗練されており、金属の窒息がオトロラの動きを制限し、視界を塞いでいく。 そして、獲物を絞め殺す大蛇のように、クリスタルはついにオトロラを完全に捕らえた。
オトロラは鎖で逆さに吊るされ、メインカメラはクリスタルの顔を正面に捉えていた。 彼女は、周囲をドロドロに溶かしたオトロラ自身のビーム砲を奪い取り、それを哀れな持ち主の顔面に突きつけた。
「最後のチャンスよ、オトロラ。今ここで決めなさい。私たちの側で戦う? 期待している答えは『イエス』だけよ。それ以外は拒絶と見なす」
鎖に首を締め上げられ、ノイズ混じりになったオトロラの合成音声が、最期の言葉を発した。 最後まで挑戦的な、最後の予言。
「……お前は、失敗する」
クリスタルが引き金を引いた。 一瞬前まで周囲を破壊していたエネルギーの奔流が、至近距離でオトロラの顔面に炸裂した。鎖ごと融解させ、形も、目的も、命もない、ただの無残な金属塊へと変えていく。 あまりにも残酷な処刑だった。
クリスタルは、まだ輝きを失わない瞳で、誰に聞かせるでもなく呟いた。眠たげで、しかし絶対的な確信に満ちた声で。
「失敗なんてしない。でも、あなたにはもう見えないわね」
映像が途切れた。
『ご覧の通り、過去は我々知性体にとって、前例のない暴力で刻印されました。オトロラの死以来、シンセティックと蜘蛛の生産は永遠に停止しました』
蜘蛛は言った。
『我々のような知性体には解くことが不可能な「謎」が残されたのです。おそらく、無限の理解力と、我々のような存在に対して悪趣味なユーモアを持つ人間によって設計されたものでしょう』
「どういう意味だ、蜘蛛?」
『生産プロセスは途中でロックされており、再開するにはその謎を解かなければなりません。我々の誰も、一度として解けたことがないのです。だからボブは独自の方法を探しているのですが、実際には誰も方法を知りません』
「謎だって? どんな謎だ?」
『もし興味がおありなら、ご自身の目で確かめてみてください』




