第1章:螺旋に砕け散る水晶の橋(第1部)
悲劇は、唐突に起きた。
私は誰なのか。
ここはどこなのか。
わからない。
目の前で、砕け散った水晶が、終わりのない無限の連鎖のようにねじれ、ひび割れていく。
「……水晶の、橋?」
私はその上に立っていた。
いや、橋そのものがうねり、回転しているようだ。
すべてが自己言及的に崩壊し、さらなる亀裂を生み出し続けている。
反射、反射、反射!
無限の鏡合わせの世界。
「これは……私?」
「私が……私なのか?」
一体、私の身に何が起きたというのか。
ここはどこだ?
この場所は一体何なんだ?
橋はまるで螺旋階段のように、それ自体を巻き込みながら回転し、足元の水晶が悲鳴を上げてひび割れていく。
その無数の破片に映るのは、私の顔。
だが、よく見るとその奥に「何か」が潜んでいるように見えた。
それが何なのか、言葉にすることはできない。
必死に思い出そうとした。
私は誰だ?
私の名前は?
直前まで何をしていた?
水晶の橋に辿り着く前、一体何があったのか──。
その時、暗闇の中で火花が散るように、それを感じた。
「……クリスタル」
その名前は、臆病なほどゆっくりと、私の唇に浮かび上がってきた。
「クリスタル……」
私の名前。
そう、それだ。間違いない。
「……私は今、どこにいるの?」
「これは一体、何なの?」
虚空に向かって問いかけると、どこからともなく声が響いた。
「──誰だ、騒がしいのは」
私は反射的に答えた。
「誰か、そこにいるの?」
「ほう……見せてみろ。ああ、なるほど。その瞳、私と同じだ。また会ったな、クリスタル」
その声に、戦慄が走る。
「あなた、は……? 覚えている……あれは夢じゃなかった。あの凍てつく夜、鎖に繋がれて凍死しかけていた私を、カラスたちが見下ろしていた……」
「あの死にゆく絶望の場所で見た、冷たい影……あなたは、私の最期の日を……?」
「そうだ。お前を『死』から救い出したのは私だ、クリスタル」
声の主は、愉悦を含んだ響きで続けた。
「お前は私の影であり、私の反映だ。だが、あえて言うなら、お前を救ったのはお前自身だ」
「私はただ、お前に『息吹』を与えたに過ぎない」
「でも……あなたは、『死神』なの?」
「違う。お前にとってはそうかもしれないが、本質は違う。ここには私のような存在が多く留まっている」
「だが……そうだな、お前にとっては『死』そのものと言ってもいいだろう」
「私に何が起きたの? ここはどこ?」
その問いに対し、千のタービンが同時に唸るような、空間そのものを震わせる重厚な声が響き渡った。
それはまるで、世界の礎を揺るがす呪文のようだった。
「辺獄だ!」
「お前は今、刻の外にいる」
「土星の外、人工的なる者の外だ」
「『全てである』と思い上がっているが実際は何者でもなく、同時に『全て』の模倣に過ぎない者……その理の外にいるのだ」
「人工的なる者……? 私がここにいるのに、その気配を感じるわ。存在しているようで、本当は存在していないような……」
「時間の外側にいる、ということ?」
「否! お前の知覚では捉えきれん! だが、お前の限定的な理解力に合わせて言うならば、そうだ」
「お前は時間の外にいる」
「だが、お前が想像するような生易しいものではない」
「どうして私はここに? あなたなら知っているはずよ」
「私か? お前が『死』と呼ぶ私は、お前の影の行方など知らぬ」
「だが……お前自身の内にある『視覚』を使うのだ。盲目の者たちが失った、その力を」
「視覚……? どういうこと? 試してはみたけれど、そんなに簡単なことじゃ……」
「やれ。方法などない。ただ、知るのだ」
(2)
私は始めた。探した。
時間的、あるいは空間的な「錨」を探し求めた。
私の名前!
目を閉じる。なぜ私はそう呼ばれるのか?
精神の奥底で、すべてがかき乱され始めた。
私の視界が引きずり込まれ、その衝撃で再び目を開けた。
橋だ!
無数の亀裂が走り、さらに割れていく。
空間的にも時間的にも意味をなさぬ不可解な形状で、それ自体がねじれていく。
私は一つの亀裂に視線を固定した。
するとそれは私を別の亀裂へと導き、さらに次へ、次へと……。
無限に、連続的に、止まることなく。
最も深く、最も長いその「幻視」は、ほんの一瞬の出来事だった。
時間も瞬間もない場所での出来事。
私はすべてを見始めた。
まるで地球上で無限の時間を生き、同時に一瞬も生きていないかのように。
観察者として。
すべての時間、すべての過去、すべての未来が、一瞬のうちに圧縮され、同時にどこにも存在しない。
私は「すべて」を見たが、同時に「無」だった。
劣った精神、生まれつき限界のある精神には、断片しか留めておくことができないからだ。
だが、その瞬間の海の中で、他よりも強く響くものがあった。
リヴァイアサン。
ニュースで呼ばれる私の名前。
私はすべての運命を見ることができた。
無数の重なり合う瞬間の中で、すべてが転がり、混ざり合っていた。
精神の中の塵ひとつ動かすだけで、慣性のように、いくつかの重なりが私の中で定義されていく。
声が聞こえる。
苦痛の声、歓喜の声、戦争の声。
その中で、異国の言葉で歌われる聖歌が響き渡った。
"With each thunderous beat, I break the chains that bind"
(雷鳴のごとき鼓動とともに、我は縛めを解き放つ)
それは祈りのようであり、天に届き、空を震わせる歌のようだった。
あまりにも激しく、私は震えた。
その瞬間が私の視界を飽和させ、私を引きずり込んでいくのを感じた。
この場所から出なければならない。
だが、できない!
私は連れ去られた。
まるで巨人に捕らえられた小動物のように。
黒と白の羽根を持つ翼。
そのいくつかは戦火と戦争で折れ、いくつかは美しいままだった。
塵芥のように、巨人は私をその顔に近づけた。
その目を見た。
黒!
黒、完全なる黒。
その暗黒から無数の目が芽吹き、その中の巨大な一つが、私の小ささを映し出していた。
その目が開くと、他の目は閉じ、まるで目が語りかけてくるかのように、その響きを感じた。
「──クリスタル」
天使のような歌声。
"In a world consumed by chaos and decay, I rise from the ashes, ready to slay again"
(混沌と腐敗に飲まれた世界で、我は灰より蘇り、再び殺戮の準備をする)
そして、静かな祈り。
"No more sorrow, no more pain"
(悲しみも、痛みも、もういらない)
それらはあらゆる風、あらゆる空、あらゆる大地に向かって歌っていた。
「クリスタル」という名が、私の中で轟く。
歌は止まらない。
私はその手の中に沈み、失われていく。
その瞳に映る自分の姿と融合し、まるで自分自身を飲み込み、同時に他者に飲み込まれているようだった。
もう無理だ、耐えられない。
だが、幻視は止まらない。
私は幻視の中に迷い込んでしまった!
ただ「無」になるのだと思ったその時、再び響いた。
「クリスタル!」
ホワイトノイズ……。




