第41章:天上の天にて(第3部)
BGM: Shattered Reality (D E M I - U R G E)
https://x.com/el_geoztigma/status/2002811875168604543
アンキロス:最後に立つ男
クリスタルの必死の抵抗も虚しく、預言者たちは運命の奇妙な奔流によって削り取られていくようだった……。 アルテミスの血の雫は、重力に逆らうように壁を伝い、上層階へと昇っていく。
廊下を切り開きながら、合成人間のダニカが到着した。 「ここを離れるわよ。大型ドローンが来るわ!」ダニカが叫ぶ。
「いいえ! アルテミスを置いてはいけない!」クリスタルが応戦する。 「エリート部隊の猛攻には耐えられない……今の貴女たちには、その力はないわ……」
「黙れ!」クリスタルは強い決意を込めて一喝した。「力が尽きたかどうかは……私! この私が決めることよ!!」 彼女の焦燥は隠しようもなかった。
クリスタルは集中し、その青い瞳で空間をスキャンする。 「時間が必要よ……ダニカ、貴女にも見えるでしょう? 奴らはアルテミスを担いで、建物の最上階へ向かっているわ」
ダニカは、瞳にわずかな受容の色を浮かべて頷いた。 「屋上ね。何を企んでいるかは分からないけれど、追いつかなければ」
「サーバーはどうするの、クリスタル?」ダニカが問う。 「サーバーは後回しよ。アルテミスの命の方が重要だわ。アンキロス、貴方の力で浮上して、屋上まで全周囲を確認して。アルテミスを見つけたら……救い出すまで、邪魔する奴らをすべて殺して」
クリスタルの言葉が辺りに響き渡る。足元に散らばった砕けた結晶が、不吉な予兆を孕んで軋んだ。
私は両手を掲げた。私の「制御演算(推定制御)」が解き放たれようとしていた。痛みと怒りは、制御された呼吸へと変換され、力は精神から、精神から魂へと湧き上がる。
「私は寡黙な恒星の如く浮上した」
「重力の風となって、空を覆う異形どもを圧殺する」
精神から漏れ出る力によって、周囲のガラスが爆発していく。時間を引き延ばした視界で、各階をスキャンしていく。通路には皮を纏いし獣たちが身をよじらせ、潜んでいた。
天井を突き破り、結晶を砕きながら、奴らは生きた皮の爆撃となって次々と飛びかかってくる。 私の身体に縋り付く奴らを、ブレスレットで増幅されたサイオニックの力だけで弾き飛ばす。
数百の波となって襲い来る奴らを、重力の奔流で構造物へと叩きつけながら、私は上層へと突き進んだ。 奴らは制御不能な潮流のように、壁を這い登り私を追ってくる。
私の瞳は、アルテミスの所在を捉えるべく構造物に固定されていた。 突如として建物の端に到達した。幽霊列車が予想以上の速さで通り過ぎたかのようだった。
「その姿が、露わになった」
「借り物の皮を纏った男たち」
屋上では、かつて誰も目にしたことのない、呪われた儀式が執り行われていた。 血に染まった人形のような、蒼白な少女の額に突き立てられた漆黒の針。その光景が私の精神に滑り込み、頬を伝う涙となって溢れ出した。
私は「制御」を失った。演算の色は紫から赤へと転じ、**「憤怒の制御演算(推定憤怒)」**が私を支配した。
「アルテミスの死体のような姿と、それを使って儀式を目論む異形ども」
「あらゆる理性的思考が、風と共に掻き消えた」
ブレスレットが深紅の光を放つ。 周囲の圧力が消失し、すべてを圧殺するほどの巨大な力が膨れ上がる。 憤怒の演算が発現した今、もう後戻りはできない。
涙が止まらない。アルテミスを汚した奴らを、ただ焼き尽くしたかった。 漆黒の針が、アルテミスの額に深く突き刺さる。
「乾いた血に汚れた、蒼白な顔」
私の力は赤く輝き、世界は埃と瓦礫と結晶の渦へと変貌した。 反射的にアルテミスの瞳が開き、彼女の「制御演算」が起動した。彼女の指が空を指し、横たわった身体が緩やかに浮遊する。
「奴らは、人間性の欠片もない瞳で私を見つめていた。恐怖など微塵も感じさせずに」
「アルテミス……」
「その死に体のような顔、虚無の先を見つめる虚ろな瞳。貴女は最悪の瞬間でさえ、最悪の目的のために利用されるのか」
「貴女の弱ささえ、奴らは尊重しないのか」
「アルテミス!!」
音のない叫び。 私の力が弱まった。電撃を纏った青い弾丸が私の傍をかすめ、衝撃波で私の装甲が引き裂かれる。
「力が……強制解除された」
「ダニカの言った通り、エリート・ドローンが到着したのだ」
無重力の空間で、私の左のブレスレットが粉々に砕け散るのが見えた。 儀式の装束を纏い、感染した皮に覆われた異形の一体が、姿勢を崩した私に向かって獣のように跳びかかってきた。
その「借り物の皮」は私を掴み、凄まじい力で激突した。慣性と重力の欠如により、私たちは地面に向かって制御不能のまま落下していく。
回転し続ける視界の中で、深淵の獣のような牙で噛み付こうとするその怪物を引き剥がそうと足掻く。 ドローンの放つ銃弾が、紙一重で私たちをかすめていく。
地面が迫る。右腕に残った唯一のブレスレットに最大出力を込める。 赤く燃える瞳、「憤怒の推定」は破壊の合図だ。
たった一つのブレスレットを、皮を纏いし者の肉体、そして地面へと叩きつけた。 アルファ#1の全土が、地震のような轟音と共に震えた。
私を墜落させた存在は、粉砕された地面の上で肉の塊へと成り果てた。 周囲には、借り物の皮を纏った数千の怪異が集結していた。
遠くの屋上で、アルテミスを取り戻そうと戦うクリスタルの姿が見えた。私は慣性と衝撃で一ブロック分も飛ばされていた。 私は押し寄せる異形どもを相手に、爪を立ててでも抗い、力の限り敵陣を削り取っていく。
あらゆる弾丸が、制御を失った「憤怒」の力の前に静止する。 大型ドローンがビルに陣取り、その銃口を私の心臓へと向けた。
私の両手は、奴らの破滅を指し示していた。 全力を振り絞る。地面が割れ、ビルが揺らぐ。重力の暴走により、空間そのものが軋みを上げていた。 誰も動けない。「憤怒の制御演算」は、制御不能の質量兵器と化していた。
クリスタル:救世主になれなかった者
鎖と、亡きアリアナのブレスレットを使い、垂直に壁を駆け上がって屋上へと辿り着いた。低重力が味方してくれた。 アンキロスは空から引き摺り下ろされたが、私が行かなければならない。無垢な魂を救う預言者は、もう他にいないのだから。
12人の、人間の皮を纏った人影。 そのすべてが私に襲いかかったが、私はそれらをシステム的に排除していった。
一人が生贄の短剣を手に突き進む。 360度の回転でかわし、顔面に肘打ちを叩き込み、蹴り飛ばして屋上の端――奈落へと突き落とした。
慣性で振り回した鎖が別の一体の首に絡まり、食い込む。鎖を引き絞り、その身体を虚空へと放り投げた。
正面から殴りかかってくる者に対し、身を低くして結晶化した拳でアッパーカットを叩き込む。アルファ#1の空へ向かって垂直に打ち上げられた奴のマグネットブーツは地面を離れ、制御不能の飛行体となった。
一人、また一人と倒していく。 最後に残った一人、肉の証人を鎖で縛り上げ、その動きを封じた。
私は一刻の猶予もなく、アルテミスへと駆け寄った。 「何をされたの、アルテミス……」
涙は出なかった。代わりに、それは私の中の「力」へと変わった。 乾いた血に汚れた、彼女の蒼白な顔。
「遥か先を見つめる瞳」
惑星を、星々を、ブラックホールを、そして虚無そのものさえも貫く「制御演算」のプリズム。 彼女が**「クロノ・コネクション(時空接続)」**の状態にあるのは明らかだった。
周囲を観察する。 そこには機械があった。量子ドラッグ・モーターを搭載した量子コンピュータ。そこには「マザー・サターン」のイニシャルが刻まれていた。ロゴは洗練されていたが、間違いなく彼女たちの量子エンジンだ。そして、それは稼働していた。
アルテミスの額の穴からは、量子コンピュータへと繋がる一本の糸が伸びていた。
「アルテミスは……『跳躍』の触媒として利用されている」 「皮を纏いし者たちの正体が、ようやく分かったわ」 「――気付くのが、遅すぎたけれど」
私は信じられない思いで、ゆっくりと近づいた。アルテミスの額に突き刺さった針を抜けば、彼女の精神は「辺獄」へ堕ちてしまう。 跳躍は始まり、もはや止める術はない。
アルテミスの死にゆく肉体は、観測者の「目」であり、異界への「橋」なのだ。
遠くでアンキロスの力が軋むのを感じた。「憤怒」の目覚めが伝わってくる。 気圧の変化を感じた。だがそれはアンキロスではなく、アルテミスから発せられたものだった。
「サイオニック・ジャンプが来る」 唯一の生き残った「証人」が、歪んだ歓喜の表情で笑った。 彼の瞳は、量子コンピュータのスクリーンの如く輝いていた。
私はさらにアルテミスへ近づき、その瞳を見た。そこには、一つの箱の中に収められた全宇宙が映し出されていた。 彼女の差し出した人差し指が、宇宙の深淵を、何か微細なものを探り当てるかのように、ミリ単位で、微かに動いている。
「空を指し示している」 「知覚できないほどの微細な動き」
私の指が、彼女の指に触れようとした。 一瞬、私たちの指が触れ合った。
無限の時間が、一瞬の中に凝縮されて私に見えた。 (クリスタル……貴女なの……?)
私たちの指が、かろうじて重なった。 あらゆるエネルギーよりも速く、人類が到達したことのない最果て、慣性さえも凍りつく虚無の中へ。
「暗黒そのものの中で」
猛獣の如き猫科の瞳を持つ、深紅の影が私の前に開かれた。私は宇宙の空虚を漂っていた。
「深淵地帯」
デミウルゴスの相貌が、私の前に現れた。 ただ一つの巨大な赤い瞳が私を射抜き、その触手と、背徳の腐臭を放つ肉体が、あらゆる空と角度を埋め尽くした。
(クリスタルなの? アルテミスの声が響く) (ごめんなさい、クリスタル……何かが私の精神を造り替えていく……抗えない……)
デミウルゴスの声が、アルテミスの声に重なって響いた。
「追いつけないと」 「思っていたのか」 「クリスタルよ……」
私の指がアルテミスから離れた。視界は現実へと戻り、目の前の鏡のような空間には、デミウルゴスの顔があった。 奴らは、特異点を安定させることに成功したのだ。
私がその「量子の窓」を覗き込むと、デミウルゴスもまた、私を覗き返していた。 「その赤く鋭い瞳が、ポータル越しに私を凝視している」
デミウルゴスが今日このポータルを通ることはないだろう。奴にとって、この穴はあまりに小さすぎる。 私が視線を転じると、背後ではアンキロスが死闘を繰り広げ、ダニカは姿を消し、最後の「皮を纏いし者」が私を見届けていた。
何としてもアルテミスの接続を断たなければ。 デミウルゴスが彼女を利用して作り出したポータルが、気圧を急変させ、私を弾き飛ばした。
直後、ポータルから戦車級の巨大な「蝿」たちが、鳥の群れのように次々と溢れ出してきた。何百、何千という数が、制御不能のままポータルから湧き出す。
「デミウルゴスは、私を読み取っていたのだ」 「追いつけないと思っていたか、クリスタル。私のモノを、取り返しに来たぞ」
ポータルから溢れる異形と怪物の奔流は、大河のようにアルテミスを飲み込み、私を彼女に近づけさせない。アルテミスは、虫の如き、汚濁に満ちたインセクトイドたちの川に沈んでいった。
その「蝿」の一体が私を突き飛ばし、私はビルから別のビルの屋上へと叩きつけられた。鎖と短剣でその怪物を切り刻んだが、すぐにそれは再び立ち上がり始めた。
それは、私にある存在を思い出させた。 「深紅の預言者」
デミウルゴスと深紅の預言者、その本質は同じものなのだ。
デミウルゴスの数千、数万の落とし子たちが、都市を飲み込む泥流となってアルファ#1を埋め尽くしていく。 月の岩影が、これからの私たちの唯一の盾となるだろう。
そして私たちの影は、デミウルゴスの被造物が放つ色に染まっていく。
「深紅に」
我々はアルテミスを失った。
デミウルゴスが彼女を手中に収めたのだ。
アルテミスの『バンシーの叫び』が、
デミウルゴスの画策した異次元の門から、
音なき残響となって漏れ聞こえていた。
Shattered Reality (D E M I - U R G E)
https://x.com/el_geoztigma/status/2002811875168604543
死者を呼び覚ます御子の如く、
Like the Son who calls the dead to rise,
私はその虚ろな目を見開かせる。
I force them open, their empty eyes.
人を創ったことを悔いた主の如く、
Like the Lord who regretted the men He made,
私は錆びた刃で彼らを拭い去る。
I wipe them out with a rusty blade.
私は水門を開き、
I open the floodgates,
その息の根を沈める。
I drown the breath
真夜中に私は初子を打ち殺し、
At midnight I strike the firstborn dead,
鴨居を深紅に染め上げる。
I paint the doorposts with a crimson red.
天使が通り過ぎるのを免れるためではなく、
Not to save them from the angel's pass,
砕けたガラスのように壊れる様を見るために。
But to watch them break like shattered glass.
私の独り子、私の完璧な複製は、
My only son, my perfect clone,
朽ち果てた玉座に座している。
Sits upon a rotting throne.
右手に「死」を携え、
With the Death in my Right hand,
左手に「生」を携え。
With the Life in my Left hand.
私は地獄を広め、
I Spread the Hell,
私は終わりの始まりとなる。
I am the beginning of the end.
私は死と地獄の鍵を握り、
I hold the keys of Death and Hell,
この生物学的な細胞の中に閉じ込められている。
Trapped inside this biological cell.
灰と、獣、
the Ash, the Beast,
この病的な祝宴を祝う。
Celebrating this morbid feast
全ては終わった。
It is finished.
すべての肉体は塵となる。
All flesh is dust.
そして花は散り、
And the flower falls.
灰だけが残る。
But the Ash remains.
塵より出でて、
from the dust
二度と戻らぬ。
never return
塵より出でて、
from the dust
二度と戻らぬ。
never return




