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第40章:籠城(第3部)

アンキロス:最後に立つ男


 重力ブレスレットのチャージは限界を超えていた。


「制御演算(推定制御)」が深層まで同調し、私の力は完全なる支配下にあった。


 扉は軋み、ひたすらに耐えていた。 「皮を纏いしスキン・テイカー」共が、封鎖された入り口を解体しようと執拗に迫る。


 扉がわずかに歪んだ……。そしてその一瞬後、煉獄が解き放たれた。数十もの「人間」だったモノたちが、飢えた虫のように通路へと雪崩れ込んできたのだ。


「――出力を直線上へ解放」


 通路にいた存在のすべてが、凄まじい圧力で押し潰され、建物の外へと文字通り「搾り出された」。屋外にいた「皮を纏いし者」たちは、その通路が武装された死地であることを悟り、今度は壁を伝って建物の上層へと登り始めた。


 そして、撒き散らされた奴らの血の中から、ソレは現れた。


「――奴らの血から、生まれてくるのだ」


 肉の破片に縋り付き、元の肉体へ戻ろうと蠢く小さな異形たち。  それは、極めて冒涜的で、吐き気を催す光景だった。


 盲目のまま、己の肉を引きずり、血の中から這い出してくる小人共。視界を持たぬまま、自分たちが属していた親体を探し求めている。  その光景に私の心臓は激しく波打ち、根源的な恐怖が背筋を駆け抜けた。


 本能が告げている。これらは「虚無」の向こう側から来た存在だ。


深淵地帯アビサル・ゾーン


 最悪だ。これらは人間の精神を内側から崩壊させる。 「デミウルゴス(偽神)」のように。 「大反乱グランド・リベリオン」のように。 「マザー・サターン」のように。


 脳裏に忌まわしい記憶が溢れ出す……思い出したくもない過去。


 鼓動が跳ね、筋肉が鋼のように硬直する。私は歯を食いしばり、顎の筋肉が千切れるほどの力で噛み締めた。  この極めて危険な異形どもを絶滅させるべく、原始的な殺意に従って踏み出した。


 預言者の力――重力制御を振るい、奴らを間引きしていく。


 私の身体が浮上を始めた。床に固定していたブーツの電磁追従では、もはや私の出力を抑えきれなかった。  ブレスレットが激しく共鳴し、空間が青白い光に染まる。


 私は上昇し、これら「肉躯を宿す者」たちを見下ろす位置へと昇り詰めた。


 ドローンたちが私に向けて発砲するが、私の力の前では羽虫のように叩き潰される。  何の抵抗も許さず、奴らは自重でひしゃげていく。


 だが影の中から、一機のドローンがロケット弾を斉射した。即座に防陣を張ったが、手遅れだった。  すべての弾頭は、クリスタルのいた位置へと着弾していたのだ。


 私は両手を掲げた。地上の異形どもが、埃のように一斉に宙へ舞い上がる。「制御演算」が加速し、呼吸は整い、出力が増大していく。  地面に描かれた幾何学的な円に沿って、奴らは私の意志のままに吊り上げられ、肉と骨の塊へと圧縮されていく。奴らの血が全方位に飛散し、鎖に繋がれた盲目の小人たちが、帰るべき親体を求めて地面をのたうち回る。


 数千を圧殺したが、さらに数千が無秩序な群れとなって押し寄せてくる。  狂気の中、私は神のごとく高みへと昇るが、それでもこの「人間の河」、いや、深淵から湧き出る自然災害のような暴力には終わりが見えなかった。


 浮遊したまま両手を振り下ろし、私はロケット弾が降り注いだクリスタルの位置へと急行した。


「皮を纏いし者」たちは建物の外壁に縋り付き、ゴキブリのように這い登ってくる。  奴らは私に飛びかかるが、私は神の如き一撃で、奴らをコンクリートの壁面へと叩きつけ、押し潰して「刻印」へと変えていった。


 奴らは互いの身体を足場にし、積み重なり、重力から解き放たれた私にまで届こうと必死に手を伸ばす。


 苛立ちが頂点に達した。この深淵から溢れた、形をなさぬ群衆の中で、私はブレスレットに最大出力をチャージした。


 口元は歪み、歯が砕けんばかりに食いしばる。顎の筋肉が熱く焼ける。


 拳を握り、力を解放した。歪んだ肉の塊、砕かれた骨、それらの大群が衝撃で床に叩きつけられ、アルファ#1の低重力下で跳ね返っていく。  私が手を掲げるたびに、数えきれないほどの死体が風に舞う布切れのように舞い上がった。


 潮流を操る者のように。――死せる屍の潮流を。  荒波を操る者のように、私は奴らを周囲の建物という岩礁へと叩きつけた。


 それでも、「皮を纏いし者」の潮流は、風と重力に乗り、決して絶えることがない。死なず、止まらず、ただ圧倒的な数で世界を塗り潰していく。


 私は出力を込めて足元の床を粉砕し、その場に「重力異常」を残留させた。それでようやく、空から私を引きずり下ろそうとする群衆の呪縛から逃れることができた。


 爆発地点に辿り着いた。  最初に見えたのは、アルテミスが横たわっていたはずの血塗られた場所だった。


「……彼女が、いない」


「アルテミスは、連れ去られたのだ」


 あたりには砕かれた結晶が散乱していた。建物の構造物としてのガラスと、クリスタルの力による破片が混ざり合っている。


(瓦礫の奥から、呻きと罵倒が聞こえた)


「――誰かいないか!」


「アンキロス? 出して、ここから……。くそ、この忌々しい岩が……」


 クリスタルの声が響いた。  部屋の天井が彼女の上に崩落していたのだ。私は重力と浮揚の力を使い、彼女を閉じ込めていた巨大な瓦礫を、造作もなく持ち上げた。


 クリスタルが姿を現した。結晶の鎧はひび割れ、欠けていたが、彼女自身は無事だった。胸部にはロケット弾の直撃を受けた跡があり, 結晶の被膜にはクレーターのような亀裂が走り、無数のヒビが全身に広がっている。


 クリスタルは立ち上がり、周囲を見渡し、最悪の事態を悟った。


「アルテミスがいない……。私の失態よ……」


 彼女の言葉に、苦悶の溜息が混じる。


預言プロフェシーは、成就されようとしていた」

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