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利権の影

長谷川県議殺害の報道は、次第に世間の関心を失いつつあった。

 “犯人は依然として不明”“動機は調査中”――新聞各紙の見出しは無難な言葉に終始し、熱気を失った記事が毎朝紙面に並んだ。


 だが、由梨には引っかかるものがあった。

 机に広げた取材ノートには、県議の経歴がびっしりと書き込まれている。

 ――藤原知事派の急先鋒。改革案を次々と提案し、既得権益の切り崩しに奔走。

 そしてもう一つ。

 県議は死の直前まで、ある製薬会社をめぐる「進化因子研究」の疑惑を追及していた。


 進化因子。

 由梨にとっては耳慣れない言葉だ。だが、その単語が議事録の端々に何度も出てくる。

 (まるで“禁じられた領域”のように……)


 県庁での定例会見。

 壇上に立つ藤原知事は、毅然とした表情で記者団を見渡した。


 「県政における透明性は必ず守ります。どんな圧力にも屈しない」


 その言葉には力があった。だが、会見後に控室で目にしたのは、憔悴した側近の顔だった。


「……知事、正直申し上げます。予算の大半は、いまだに東派系の議員や団体を通さなければ動かせません。発注先の名簿からして、全部握られているんです」


「……わかっている。数字の上では県政の長でも、財布の紐を握っているのはあちらだ」


「このままでは、どんな改革案を掲げても絵に描いた餅になります」


「それでも進めるしかない。県民が背中を押してくれた以上……」


 短い会話。だが藤原の背筋に、孤立した改革派の苦しさがにじんでいた。



 取材の帰り道、由梨は足を汐路へ向けた。

 古い商店街を歩けば、見慣れた「おにぎり工房ひなた」が視界に入る。

 店の入り口をくぐれば、すぐ目の前にガラスケースのカウンター。中には海苔を巻かれた三角形がずらりと並ぶ。

 右手奥には小さなイートインスペースがあり、椅子は三つだけ。

 店全体の広さはコンビニの半分ほどで、客が五人も入れば窮屈に感じるほどだった。


 その斜め前に、新しい「ひなた食堂」が工事中だった。

 ガラス張りの外観に木製の看板が掛かり、白い文字で「HINATA」と書かれている。

 こちらは厨房を含めて、ほぼコンビニ一軒分の広さ。

 入り口から中を覗けば、カウンターとテーブル席がゆったりと配置され、家族連れでも腰を落ち着けられるように見えた。


 (……真理子さん、ずいぶん思い切ったな)


 店の前で足を止めていると、割烹着姿の真理子が顔を出した。


 「いらっしゃい。工事の音、うるさない?」


 その表情はいつもと変わらず穏やかだったが、目の奥にはどこか警戒の色があった。


 「順調そうですね」


 「うん、家賃だいぶ負けてもろたわ」ニコニコしながら真理子は答えた。


 「事件の事はその後は?」


 「あれからも警察やらマスコミやら色々聞かれて大変やったんよ。……でも新店舗の営業もしっかりしといたしな」


 ――やはりただでは起きないな・・・

 その言葉に、由梨はふふっと笑いながら小さくうなずいた。


 「由梨ちゃん、危ない事はしたらあかんよ」


 「はい ご忠告ありがとうございます。私も記者の端くれです。心得ております」


真理子は少し顔を曇らせたように見えたが、またいつもの笑顔に戻った。


 

 夜、記者仲間との飲みの席。

 アルコールの勢いもあってか、年配の記者が低い声で漏らした。


 「……警察や検察が動けないのは、わかるやろ? 東派に抑えられとる」

 「じゃあ、誰が?」由梨は思わず問い返した。

 「公安の一部が裏で動いてる、って噂があるんや。表の台帳にも載らん、影の組織が……」


 冗談めかして笑う記者たち。

 だが由梨の心臓は、不意に大きく脈打っていた。


 (影の……組織?)


 ノートを開き、震える手で書き込んだその言葉。

 「公安」「影」。

 その二つの文字が、由梨の何かをかきたてる。

 筆圧の強い文字が薄暗い居酒屋のテーブルで異様な重さを放っていた。

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