自炊
会社からの帰り道、コンビニで卵とカットねぎを買った。自炊といえば聞こえはいいけれど、実際に作るのはカップ麺だ。湯を注ぎ、三分を待つ。
そのあいだに卵を割り入れ、ねぎをぱらりと散らす。
「はい、自炊しましたっと」
口に出してみたけれど、どこか空しい。
湯気の向こうに立ちのぼるのは、料理というより“ごまかし”だと自分でもわかっていた。
箸を置いて、カップの底をのぞいた瞬間、胸にずしんとした重さが落ちた。
――食べきっても何も残らない。ただ空の容器と、わずかな罪悪感だけ。
そのむなしさが、むしろ一日の締めくくりみたいに身にまとわりつく。
そんなとき、スマホが震えた。
画面には、数年前に別れた元カレの名前。
「久しぶり、元気?」
「仕事落ち着いたら会おうよ」
「今度、飯でもどう?」
三つ並んだLINEの通知。全部既読だけつけて、返事はしていない。
彼は自分の事が必要なのだろうか、ただ体を求めているだけなのか。
少なくとも今の自分に彼は必要ではなかった。
大学時代からの付き合いだった。
同じサークルで顔を合わせ、気づけば自然に一緒にいるようになって。社会に出るまでは、楽しかった。
けれど働き始めてからは違った。由梨が仕事に追われ、締め切りに追われ、生々しい社会の現実を突きつけられ、毎日が削られていくのに、彼はいつまでも大学のノリのまま。くだらない飲み会や、深夜のゲームの話。
話題は噛み合わなくなり、会っても笑えなくなっていった。
――気づいたときには、連絡が途絶えていた。自然消滅。それで終わったはずだった。
けれど今になって、こうしてメッセージが届く。
返さない自分に、ほんの少しだけ後ろめたさを覚えながらも、指は動かなかった。
いつかどこかでケジメをつけるべき?でも、いまさらそこにエネルギーを割けない。
ふと、今朝の通勤電車を思い出す。
すぐ目の前に立っていた、背の高い男。
かすかに香った柑橘系の匂い。数センチの距離で、電車の揺れに、思わずもたれかかった瞬間の、雷が落ちたような感覚。
暴漢に襲われた時、助けてくれた人と、おにぎり工房ひなたでたまに見かける男性と同一人物かどうかわからないが、今朝の電車のあの男はどうしても全て繋がってると思いたかった。
(名前も知らない、ただの妄想上の人……なのに)
頭の中で繰り返し、その背中を思い浮かべてしまう。
過去から届く重たいLINEよりも、もたれ掛かっても微動だにしなかったほんの一瞬触れただけの存在のほうが、ずっと強く由梨の心を震わせた。
布団に潜り込み、ため息をひとつ。
スマホを裏返しながら、ぽつりとつぶやく。
仕事も中途半端、恋愛も・・・
なぜか、ひなたの女主人、真理子が思い浮かぶ。
――完全に負けている。
でも・・・
「……焦らなくても、いいよね」
返事をくれる人はいない。
けれどその言葉は、いつも自分をぎりぎりのところで支える細い糸のように自分を繋ぎ止めた。