8-12 奇術師の笑顔
第八幕 再生の花
十二章 奇術師の笑顔
王家の庭園に、ふたたび静かな風が吹き渡っていた。
氷花と炎花が並んで揺れるその傍らに、あり得ない色が芽吹いた。
虹色。
青でも赤でもない。
光を受けて揺れる花弁は、見る角度ごとに色を変え、ひとつの色に留まろうとしない。
朝焼けの紅、深海の蒼、若葉の緑、夜空の紫――七色を超えて、心が知る限りの色がそこに重なっていた。
「この華は……」
私が息を呑むと、背後からブラッドリィの驚いた声がした。
「え……誰だ、これ?」
王家の象徴たる庭園に、王家の血を継がぬ者の華が咲くなどあり得ない。
しかし現にそこにあったのは、虹を映すように咲き誇る一輪の華。
ブラッドリィは足を止め、茫然と見つめていた。
「……おまえだよ、ブラッド」
私の言葉に、彼は目を見開いた。
「俺が? 冗談だろ。王家の血も、何もない、ただの根無し草が…」
その声は、笑っているようで震えていた。
彼の中にも孤独があった。その影が、虹の光に照らされて揺れている。
「でも私は確かに見た」
私は静かに言葉を継ぐ。
「影に呑まれていた私を、おまえは救った。誰も差し伸べなかった手を、おまえは諦めずに伸ばしてくれた。セリアの最期の瞬間まで。この華は、私と兄の感謝そのものなんだ」
ブラッドリィはしばらく黙って虹色の華を見つめていた。花弁が風に舞うたび、彼の顔を様々な色が染める。悲しみも、怒りも、嘲笑も――すべて色に溶けて流れていく。そして、彼はようやく口を開いた。
「……ははっ。俺の華、か。大事な人間を次々奪われて…、笑いを道化にしてごまかしてきた俺に、こんな代物が咲くとはな」
ブラッドリィの肩先に移ったレイブンが、羽根を鳴らす。
レイブンは静かに笑ったように見えた。
「……なるほどな。氷と炎だけじゃない。おまえがいたから、二人はここまで来られたんだな」
ブラッドリィが振り返る。
「なんだよ、鳥まで俺を持ち上げるのか?」
「持ち上げてるわけじゃない」
レイブンの黒い瞳が、虹色の華を映した。
「ただ、事実を言っただけだ。おまえが陰で笑ってなければ、この王子も、兄も、とっくに折れていただろう」
ブラッドリィは一瞬言葉を失い、そして吹き出した。
「……ははっ。なんだよそれ。俺は奇術師だぜ? 舞台裏で手品の種を仕込んでただけさ」
けれどその笑いには、もはや痛みがなかった。
虹色の華は、彼の過去の苦悩や孤独を溶かすように、静かに輝きを放っていた。
私はそっと目を細める。
これは幻ではない。王家の庭に確かに咲いた一輪。
セルリアンと私、そしてブラッドリィ――三つの心が交わり生んだ、新しい証。
風が通り抜け、虹色の花弁を揺らした。
その揺らぎの中で、ブラッドリィはようやく穏やかに微笑む。
「……悪くないな。奇術師にだって、こんな種が仕込まれてるとは」
虹色の光に照らされながら、彼は初めて、過去の重さから解き放たれた笑顔を見せた。




