1-8 小噺1 レイブンの視点
第一幕 髑髏の庭
小噺一 レイブンの視点
俺の名はレイブン。
主、髑髏王スカルに仕える烏の騎士だ。
ただのカラスではない。主が不老不死の呪いを受けて以来、幾百年もの時を共に歩み、誰よりも近くでその孤独を見届けてきた。
主の心は、兄を喪った絶望と、禁術の代償に引き裂かれた。
血濡れたような深紅の髪、闇に沈む瞳。その奥には感情の灯などなく、ただ虚ろな時だけが流れていた。
俺はただ、主が崩れ落ちないよう寄り添うしかなかった。烏である俺が、主を救うなど到底できはしない。
そんなある日、忌まわしき森に一人の娘が迷い込んだ。
枇杷の姫、ジェイド。
最初、俺は鼻で笑った。どうせ財宝目当てか、死に場所を求めてきただけの愚か者。森は人間を拒む。例外などないはずだった。
だが、スカルは違った。主は彼女を追い返そうとしながらも、その眼差しに何かを見出した。
わずかな好奇心が、主の心に芽生えたのだ。俺には到底、理解できなかった。
だが、さらに理解できぬことが起こった。
ジェイドは怯えるどころか、こう言い放った。
「あなたに宿る孤独を、私は感じます」
俺の翼が震えた。
主の孤独は、永劫の闇に閉ざされた秘奥。誰一人触れられぬはずのものを、この娘はたやすく言い当てた。
ありえぬことだった。
さらに厄介なことに、あの黒猫までが彼女に寄り添っていた。
俺が「厄介な人間」と吐き捨てれば、細い体で俺に爪を立て威嚇してくる。
猫ごときが、と一度は思った。だが、その瞳の奥には、人間離れした強い光があった。あの娘と同じ輝きだ。
そして庭園。
枯れ果てた花々の間に立つジェイドは、そこに「悲しみ」を見た。
やがて彼女の指先から、微かな光がこぼれ落ちる。
しおれた草木がわずかに色を取り戻し、闇の庭に初めて生気が芽吹いた瞬間――主の瞳が揺れた。
永遠に凍りついたはずの心が、ひび割れたのだ。
その夜以降、スカルは変わり始めた。
ただ虚無に沈む日々ではなく、時折、影からジェイドの姿を見つめる。
庭で花を植える彼女を見て、ほんの一瞬、口元が緩んだように見えた。
烏の目に錯覚はない。確かに、あの氷のような主が、揺らいだのだ。
俺は長き孤独を知っている。
主を縛る呪いの重さも、その果てにある絶望も、誰よりも理解している。
だからこそ、恐ろしくもある。
あの娘が与える光は、スカルを救うのか、それとも新たな絶望をもたらすのか。
だが――。
俺は決めた。烏の騎士として、この変化を最後まで見届けよう。
ジェイドと、その愛猫。そして再び動き出した主の運命を。
それが、俺に課された唯一の使命なのだから。




