1-8 小噺1 レイブンの視点
俺の名前はレイブン。主、スカルの騎士だ。烏の姿をしているが、ただのカラスではない。スカルが不老不死の呪いを背負って以来、幾度となく彼と共に時を重ねてきた。俺はスカルの孤独を誰よりも近くで見てきた。彼の心は、兄を失った絶望と、禁術の代償によって完全に凍りついた。感情を失い、ただ永い時を生きるだけの存在となった彼を、俺はただ見守ることしかできなかった。
そんなある日、厄介な人間が森に迷い込んできた。それが、枇杷の姫だ。
最初、俺は興味すら湧かなかった。どうせ財宝目当ての愚か者だろうと決めつけていた。この忌まわしい森は、人間の命を奪うことしかしない。だが、スカルは違った。彼の心に、わずかな好奇心が芽生えた。俺には理解できなかった。なぜ、あの娘にだけ、スカルは興味を持ったのだろう。
スカルは最初、あの娘を追い返そうとした。当然だ。あの冷たい、無感情なスカルの言動こそ、俺のよく知る主の姿だった。しかし、あの娘は驚くほど頑固だった。怯えるどころか、スカルの心の奥底にある孤独を見抜いたと言い放ち、城に残ることを懇願した。
「あなたに宿る孤独を感じます」
その言葉を聞いたとき、俺は思わず息をのんだ。スカルの孤独は、誰にも触れさせることのない、彼の心の最奥に閉じ込められたものだ。それを、出会ったばかりの娘が、一瞬で見抜いた。ありえないことだ。
そして、あの猫も厄介だ。
城に足を踏み入れてからは、いつもあの娘にべったりと寄り添っている。俺が「厄介な人間」と呼ぶたびに、鋭い爪を立てて威嚇してくる。猫ごときが、俺に刃向かうとは。だが、その猫の瞳にも、あの娘と同じ、強い意志の光が宿っていた。
スカルは、あの娘を追い出さなかった。あれは、スカルなりの葛藤だったのだろう。不老不死の呪いを背負って以来、初めて心を揺さぶられたのだ。あの娘の言葉と、その温もりが、スカルの凍りついた心に、小さな亀裂を入れた。
庭園での出来事は、さらに驚きだった。
枯れた花々に囲まれたあの場所は、スカルの絶望を映し出すかのようだった。しかし、あの娘は、そこに「悲しみ」を感じた。そして、彼女の指先から放たれた微かな光が、枯れた草木に生命の息吹を取り戻させた。
あのとき、スカルは動揺していた。彼は、永い間、何も感じずに生きてきた。美しいものも、醜いものも、彼の心には何の感情も呼び起こさなかった。だが、あの娘は、そんなスカルの心を、少しずつ動かし始めている。
あの娘が城に住まうようになってから、スカルは変わった。
以前のように、ただ虚ろな時を過ごすのではなく、影からあの娘の様子を窺うようになった。彼女が庭で花壇を作っている姿を見て、ほんの少し、口元が緩んだように見えたこともある。
俺は、あの娘がスカルの孤独を終わらせる存在なのかもしれない、と思い始めている。永い時を、一人で生きてきたスカル。彼の心に灯された小さな光は、これから、この宵闇の城を、そしてスカル自身を、どう変えていくのだろう。
俺は、静かに見守ることに決めた。あの娘と、彼女の愛猫を。そして、再び動き始めた、スカルの運命を。