8-7 嫉妬と笑顔
第八幕 再生の花
七章 嫉妬と笑顔
広間に静寂が戻る。
盗賊たちの足音が遠ざかり、残されたのは、スカーレット様と私、ミィ、そして壁際のレイブンだけだった。
窓の外では分厚い雲の奥から鈍い月光が零れ、冷たい光が室内を満たしている。
私は、胸のざわめきが収まらなかった。
――さきほどの光景。
盗賊たちに向けられた、あの笑顔。
冷ややかで、幻想的で、まるで人の心を凌駕する魔性の微笑み。
彼らの恐怖と陶酔が入り混じった表情は、今も脳裏に焼きついて離れない。
(あれは……私には向けられたことがない顔……)
そう思った瞬間、胸が痛んだ。
嫉妬――その言葉を認めるだけで、息苦しさが増していく。
それはただの嫉妬ではなく、彼の美に絡め取られ、抗えずに囚われている証のようで。
なのに、そんな自分が嫌で仕方がない。
嫌悪と陶酔がないまぜになり、余計に苦しい。
声を押し殺すように絞り出した。
「……スカーレット様」
蝋燭の灯りに照らされた横顔が、静かにこちらを振り返る。
赤い瞳に射抜かれた瞬間、心臓が跳ね、喉が塞がる。
「どうした、ジェイド」
氷のように冷たい声。それなのに甘美で抗えない。
恐怖と歓喜が同時に押し寄せ、胸をかき乱す。
「……さきほどの……笑顔が……」
声は震え、言葉が途切れる。
怒り、嫉妬、憧れ、陶酔――何ひとつ正しく名付けられない感情の渦。
それでも必死に吐き出した。
「……不愉快でした」
沈黙。
そして、ゆっくりと唇が綻びる。
――世界が一瞬にして変わった。
白銀の光が砕け、氷の花びらが舞い散るように広間を満たした。
氷の薔薇が咲き、血の滴を抱えてなお美しく笑む幻を見た気がした。
その笑顔に触れた瞬間、私の心臓は握り潰されるように脈打った。
(怖い……怖いのに……嬉しい……)
胸が軋む。
その笑顔が他の誰に向けられることなど耐えられない。
けれど、もし自分にだけ注がれるのなら――死んでもいいとさえ思えてしまう。
「……君が嫉妬をするなんて」
愉快そうな声。
赤い瞳の奥には、炎を隠した氷のような光が瞬いている。
「私が欲しいのはジェイドだけだ。あの男たちは、不快な塵にすぎない」
彼が、足音もなく迫る夢のようにこちらへ歩み寄った。
頬を撫でる指先に触れた途端、背筋が粟立つ。
「……本当に……私だけですか」
祈るように掠れた声。
彼は笑みを崩さず囁いた。
「君の愛が、私の全てだ」
その言葉に心が焼き尽くされる。
怖い。だが嬉しい。嬉しいのに、やはり怖い。
矛盾する想いが押し寄せ、私は抗う力を奪われていった。
そのとき――
「ミャア!」
ミィが鋭く鳴き、二人の間に飛び込んだ。
毛を逆立て、彼を睨みつける。
「……邪魔をするな、ミィ」
低く響いた声は冷酷で、それでいてどこか愉しげ。
張り詰めた空気がわずかに緩み、私はその隙に息を吐き、小さな笑みを零した。
壁際のレイブンが、その様子を見て口元を歪めた。
「嫉妬は人も猫も変わらんな。……にしてもジェイド、あの笑顔を浴びて正気でいられるとは大したもんだよ」
ジェイドは答えず、ただ胸に手を当てた。
(この笑顔が……どうか、私だけに向けられるものでありますように)
嫉妬も痛みも、すべてを呑み込んで――ただ、その笑顔だけが胸に焼きついて離れなかった。




