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髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第八幕 再生の花
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8-6 冷徹な癒し

第八幕 再生の花

 六章 冷徹な癒し




 男たちは、城の門前で数日を過ごした。体を縛る鎖も縄も存在しない。それでも彼らは一歩も動けなかった。ジェイドの茶に仕込まれた痺れが、全身を蝕み続けていたのだ。筋肉は言うことをきかず、指先ひとつ動かせない。だが、奇妙なことに、感覚だけは研ぎ澄まされていた。かえって普段以上に鋭敏となった五感が、彼らをじわじわと痛めつける。


 朝の風が頬を撫でるだけで、鋭利な刃に肌を裂かれる錯覚を呼ぶ。遠くで小鳥が鳴けば、それが悪魔の哄笑のように響く。時折、城灯の揺らめきが、視界の端で黒い影に変わり、胸の奥に冷たい針を刺し込む。時間は砂漠の砂のように果てなく長く、彼らは絶望的に「生きている」ことを思い知らされ続けた。


 そんな彼らを、スカーレットはただ静かに見つめていた。少し離れた場所に腰を下ろし、身じろぎひとつしない。感情を宿さぬ赤い瞳は、氷よりも冷たく澄んでいた。怒りも憎しみも、同情すら浮かばないその眼差しが、男たちの精神をじわじわと蝕んでいく。


 時折、長い朱の髪が風に流れる。そのささやかな変化さえ、彼らの目には異様な美として焼き付いた。恐怖よりも美しさが心を締めつける瞬間――それが彼を髑髏王たらしめる「冷徹な癒し」だった。


 やがて、スカーレットの闇の魔力は、男たちの内側に巣くう欲望をそのまま映し出し始める。形なき闇が揺らぎ、彼らの前に魔物が現れた。

 それは女を貪る獣であり、財宝をむさぼり合う醜悪な影であり、他者を陥れる狡猾な怪物だった。すべて彼ら自身の欲望が具現化したものにほかならない。


 ヴァルカンの前には、女を食らう魔物が現れた。かつて彼がジェイドへ向けた乱暴な欲望が、醜悪な姿で這い寄ってくる。ヴァルカンは叫び、胃の奥から吐き気を噴き上げた。

 ボリスの目の前では、財宝を奪い合う影たちが互いを食い合い、血のような輝きを散らす。彼は震え上がり、引きつった顔のまま気を失った。

 コルトは、数え切れぬほどの魔物に囲まれていた。嘲笑と咆哮が渦巻き、狂気が脳をひき裂いていく。彼の視線の先には、ひときわ大きな魔物――自分自身の悪意の塊が蠢いていた。彼は理解した。逃げ道などどこにもないのだと。


 だが、何より恐ろしいのは魔物そのものではなかった。男たちは気づいていた。

 それらはスカーレットが「ただ見ているだけ」で生まれたという事実に。

 彼が指を動かすことも、声を発することもなく、ただそこに座し、冷たく見つめるだけで、心の奥底が剥き出しにされていく。

 もし彼が一歩でも近づけば、もし彼がほんの少しでも魔力を強めれば――その瞬間、自分たちは粉々に砕かれるだろう。そう確信させられるだけの「美と恐怖」が、彼の存在にはあった。




 やがて数日が過ぎ、痺れがようやく解けた。体を動かせると気づいた瞬間、男たちは一斉に立ち上がり、声もなく森へ駆け込んだ。


 彼らにとって解放は喜びではなく、狂気から逃れる最後の望みだった。足元はもつれ、視界は涙に霞む。それでも必死に森を裂き、振り返ることもなく走り続ける。

 背後に残したのは、ただ一人、動かぬまま佇む髑髏王の姿。長い朱の髪が風に揺れ、闇に浮かぶその横顔は、恐怖よりもむしろ神々しいほどに美しかった。


 男たちは、二度とこの城に近づこうとは思わなかった。財宝も、栄光も、彼らの旅からは消え失せた。心に刻まれたのはただ一つ――髑髏王スカーレットという存在。


 その「癒し」は、死が訪れるその時まで、悪夢のように彼らを蝕み続けることになるだろう。

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