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髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第八幕 再生の花
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8-5 それぞれのもてなし

第八幕 再生の花

 五章 それぞれのもてなし




「皆さん、お疲れでしょう。長旅で冷え切ったでしょうし、まずはこれをどうぞ。心から安らげますよ」


 ジェイドは、城の柵越しに柔らかな声をかけた。彼の手に揺れているのは、琥珀色に透きとおった湯気の立つ茶碗だった。甘く芳しい香りが夜気に溶け、男たちの鼻先をくすぐる。


 それは、ただの茶ではなかった。彼の癒しの魔力をたっぷり含んだ、翡翠色の術で調合された特別なお茶だ。香りは花蜜のように甘く、口当たりは絹のように柔らかい。


 男たちは互いに目を見合わせた。怪しみながらも、喉を刺激するその香りに抗えない。結局、一人が茶碗を受け取ると、次々と口にした。

 最初の一口は、春風のように体を撫で、凍えた心身を溶かしていく。思わず吐息を漏らすほどの心地よさが広がった。だが、次の瞬間、その温もりは真冬の吹雪に変わる。体の芯から冷たさが突き抜け、指先が痺れ始めた。


「な、なんだ……!? 体が……動かねえ……!」

「お、おい、女! てめぇ、何を飲ませやがった!」


 茶碗を落とした男たちが、柵に凭れかかるように崩れ落ちる。彼らの呼吸は荒く、手足は氷に閉ざされたように硬直していた。

 ジェイドは静かに目を伏せた。


 ――これは毒ではない。彼女の魔力による浄化の術。悪意を抱く者には耐えられない清浄の力だ。

 呻く声が闇に響く。と、その時――


「……何を喚いている」


 氷の底から響くような声が、闇の中から滲み出た。次の瞬間、男たちの前に人影が立つ。

 闇をまとった王、スカーレット。

 彼は音もなく姿を現し、赤い眼光を揺らめかせた。その肌は死を思わせるほど青白く、血に濡れたような長髪が風もないのに揺れる。まるで悪魔が地獄から這い出たか、あるいは神が人の世へ舞い降りたか。

 男たちは一目見た瞬間に声を失った。恐怖で逃げ出したいのに、目を逸らすことすらできない。


「ひっ……ひぃっ!」


 彼らは喉を引き攣らせ、柵の陰に体を縮める。だが、逃げ場はどこにもなかった。

 スカーレットの瞳には、静かな怒りが宿っている。闇の魔力が応じて波立ち、周囲に濃霧を生み出した。瞬く間に世界は閉ざされ、霧の中にかき消えた。


 森の葉擦れの音が、異様に大きく響き渡る。近くにいたはずの仲間の姿も消え、誰もが孤独の底へ突き落とされたような錯覚に襲われた。


「っボリス! コルト! 返事しろ!」

 リーダー格のヴァルカンが、恐怖を押し殺すように叫ぶ。しかし答えは返らない。霧は声を呑み込み、残響だけが虚しく木霊する。


 次の瞬間、ヴァルカンの背筋が凍りついた。

 ――真上から、血濡れの視線が射抜いていた。


「な……っ!?」

 気づけば、スカーレットが目の前にいた。まるで空気から形を結んだかのように。


『……旅の疲れを癒したいと、言っていたな』


 その声は、氷の刃のように冷たく、胸の奥を震わせる。

 彼はゆっくりと膝を折り、ヴァルカンの視線の高さまで降りてきた。顎を掴み、逃げ道を塞ぐように顔を寄せる。


「ひ、ひぃぃ……!」


 恐怖で声にならない叫びが、喉を掠める。背筋は硬直し、全身を冷たい汗が流れる。心臓は暴れ馬のように胸を打ち、しかし体は一歩も動かない。

 霧の奥から、仲間二人の悲鳴が重なった。同じように囚われ、同じ絶望を味わっているのだ。


 スカーレットは紅の瞳を細め、耳元に唇を寄せた。声にならぬほど低く、妖艶に、まるで甘美な呪いを吹き込むように。


『……お望み通り、心ゆくまで癒してやろう』


 囁きが鼓膜を震わせた瞬間、ヴァルカンの心は完全に凍りついた。

 全身の血が逆流するような錯覚に襲われ、死よりもなお冷たい何かに抱きすくめられる。

 もはや彼らには、言葉も抵抗も残っていなかった。

 ただただ、軽い気持ちで踏み込んだこの城を呪い、悔やみ、そして震えるしかなかった。

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