8-3 枇杷の姫と黒猫
第八幕 再生の花
三章 枇杷の姫と黒猫
三人の男は、互いに罵り合い、怯えながらも、どうにか森を抜けた。
そして、噂に聞いた不気味な城が、ついに姿を現す。
古びた石造りの城は、常に宵闇に沈み、その巨体は、まるで闇夜に浮かぶ巨大な髑髏だった。
目の当たりにした瞬間、三人は息をのむ。これまでの人生で見たどんな光景も、この威容の前では色褪せてしまう。
「……おい、本当に……伝説の髑髏王の城か……?」
リーダー格のヴァルカンが、かすれた声で呟く。胸の内では、財宝への欲望と、不気味さへの恐怖とが激しくせめぎ合っていた。
両脇に立つボリスとコルトも、顔を引きつらせながら、城の壁から滲み出す濃厚な闇の気配を感じ取っていた。その魔力は森で味わった不安とは比べものにならず、まるで生き物のように肌を刺す。
――その時。
城門の奥に、人影が立っていることに気づいた。
翡翠色の髪を風に揺らす、美しい娘。瞳にも同じ緑の光を宿し、静かに三人を見返していた。
その足元には、一匹の黒猫が座っている。
三人は思わず安堵の息を吐いた。城の圧迫感に押し潰されそうになっていた心が、ひととき解放されたのだ。
人間の姿――それだけで救いのように見えた。
しかも、その娘の美しさは、異様な城を一瞬で忘れさせるほど。
まるで砂漠に咲いた一輪の花。彼らの心に、下卑た欲望が燃え上がる。
「おい……あの娘を俺たちのものにしようぜ。財宝より価値があるかもしれねえ」
ボリスが囁き、ヴァルカンはにやりと笑った。
欲望は財宝から娘へと形を変え、彼らを支配していく。
「いい考えだ。城の中へ案内させるんだ。こんな場所に長居はしたくねえ」
三人が歩み出したその時――。
「ミャア……」
黒猫が低く鳴いた。
ただ一声。だが、それは彼らの下卑た妄想を一瞬で凍りつかせた。
猫の瞳は闇そのもの。冷たく、深く、そして怒りに燃えている。
黒猫――ミィは、愛する主ジェイドを守るため、侵入者の悪意を感じ取っていた。
爪が地面をかすかに掻く。その一鳴きは威嚇ではなく、遠く離れた城主スカーレットとレイブンに危機を伝える「守護聖の声」だった。
ジェイドは、そんな愛猫に視線を落とす。
彼女の微笑みは穏やかだが、翡翠色の魔力は悪意に反応してわずかに揺らいでいた。
彼女は知っている。この城には絶対的な守り手がいることを。
だが、自分自身もまた試されている――そのことを。
「……なんだ、あの猫……」
「くそ……ただの猫だろ……!」
男たちは震え、必死に己を誤魔化す。ヴァルカンは虚勢を張って前へ進み出た。
「お嬢さん。我らは旅の者だ。道に迷ってしまってね。どうか、一晩だけでも城の中に……」
その瞳に宿る欲望を、ジェイドは見抜いていた。
それでも彼女は、やわらかく微笑む。
「……どうぞ、お入りください。旅の疲れも癒えるでしょう」
甘い誘いの言葉。だが同時に、彼らを罠へと導く綱でもあった。
そして、ふと視線を上げる。
バルコニーに佇む城主の影が、確かにそこにある。
――彼女は確信していた。
この城も、自分も、決して汚されることはないと。




