1-7 運命のはじまり
第一幕 髑髏の庭
七章 運命のはじまり
枯れ果てた庭園に、二人の影が並んでいた。
夜の風は冷たく、黒い大地には花の気配もなかったが、そこに漂う沈黙は不思議と安らぎを孕んでいた。
ジェイドの指先から生まれた小さな光は、とうに消えている。だが、その残り火のような温もりは、スカーレットの胸の奥にまだ確かに息づいていた。長い時の中で凍りついていた心が、ほんのわずかだが、解け始めている。
「……なぜ、ここに留まる?」
沈黙を破ったスカーレットの声は低く響き、問いというより独り言に近かった。その響きには、もはや拒絶の刃はなかった。ただ、戸惑いと微かな期待が混じっている。
ジェイドは彼の横顔を見上げた。漆黒の中に赤い瞳がかすかに光る。その奥に、深い悲しみが巣くいながらも、失われていないものがある。――人の心。燃え尽きぬ、純粋な光。
「私には、行く場所がないのです」
ジェイドの声はかすれていた。
「一族からは無能と罵られ、居場所を追われました。この広い世界で、私を必要としてくれる人は誰もいないと……ずっと、そう思っていました。でも――あなたは違う」
彼女は震える指でスカーレットの手に触れた。冷たい氷のような指先に、自らの体温を重ねる。握り返されることはなかったが、払いのけられることもない。その静かな受容が、何よりも重かった。
「あなたには、誰にも理解されない孤独があります。きっと、私がここへ来たのは運命なのだと感じました。私にしか、あなたの孤独を癒せない。……そう思うのです」
その真っ直ぐな言葉は、鋭い刃のようにスカーレットの心に届いた。永劫の時に忘れていた「人に触れられる」感覚。誰かが自分を見つめ、理解しようとしてくれる、その重み。
「……無謀な娘だ」
吐き捨てるように呟いた声には、嘲りも冷たさもない。ただ、自分の内に渦巻く恐怖を隠すような響きだけが残った。
「私の傍に居れば、必ずお前も不幸になる。私の呪いが……お前を蝕む」
スカーレットは知っていた。自分に近づく者は、やがて呪いに巻き込まれる。守るためには拒絶するしかないのだ。
だが、ジェイドは小さく首を振った。
「私を不幸にするのは、誰にも必要とされないことだけです。あなたが拒まない限り、私は幸せです」
その言葉は、闇に差す光のように胸を貫いた。スカーレットは答えを返せなかった。返す言葉が見つからなかった。
沈黙の中で、彼の中に積もった氷塊がひとひらずつ崩れていく。
その夜、城の門が静かに開かれた。
「……奥の部屋を使え。好きにしろ」
案内の声には諦めの響きがあった。だが、その諦めは「拒絶」ではなく「受け入れ」に似ていた。
ジェイドは深々と頭を下げる。
「ありがとうございます、スカーレット様」
こうして宵闇の城に、新たな住人が加わった。
翌日から、ジェイドは城の掃除や庭の手入れを始めた。埃にまみれた廊下に新しい風が通り、庭園には小さな花壇が作られた。愛猫のミィは城内を駆け回り、時折レイブンと小競り合いをする声が響いた。
長い間、死んだように沈黙していた城に、初めて音が戻ってきた。
スカーレットはそれを遠くから見守った。ジェイドが枯れた花に水を与え、土に種をまく姿を。埃を払い、窓を開け放つ姿を。――その一つ一つが、心に温もりを刻みつけていった。
まだ食卓を共にすることはなかった。だが、日常の小さな出来事の中で、スカーレットの心は確実に揺さぶられていく。
長い孤独の時間は、終わりを告げようとしていた。
そして、二人の運命は、ここから大きく動き出す――。




