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髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第七幕 王家の記憶-後編-
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7-11 兄との邂逅

第七幕 王家の記憶ー後編ー

十一章 兄との邂逅



 深い闇が広がる世界で、スカーレットの意識は底へ底へと沈んでいった。

 心は凍りつき、感覚は消え失せ、何も考えず、ただ虚無に漂う。

 ――これこそが禁術の代償。影の魔力が支配する、不老不死の呪われた領域。

 本来の「王家の闇の魔力」は押し沈められ、深い眠りについていた。


 どれほどの時間が過ぎたのか、もはやわからない。

 永遠のような闇の中で、不意に懐かしい声が響いた。


「……スカリー……! スカリー……!」


 兄、セルリアンの声だった。


 重い瞼を持ち上げても、見えるのは暗黒だけ。

 姿はない。それでも声だけが確かに響く。


(……幻か……)


 無感情のままの心が、ほんのわずかに揺れた。

 その声は、冷え切った虚無に小さな火を灯すようだった。


「ここだ、スカリー」


 声は強さを増し、道を示す。

 スカーレットは吸い寄せられるように歩き出した。闇に沈む足音はなく、ただ静かに進む。


 やがて、闇の先に淡い光が浮かび上がる。

 それは王家の闇の魔力が、兄の呼びかけによって覚醒を始めた証だった。

 青氷のように澄んだ光――兄の瞳の色を映す光。


 さらに近づくと、人影が現れた。

 そこに立っていたのは、生前の力強い姿のセルリアンだった。


「……セリア……」


 乾いた声で呟く。

 それでもセルリアンは歓喜に涙し、駆け寄ってきた。


「ああ、スカリー……会えた……!」


 彼は弟を強く抱きしめる。

 その腕は温かく、確かな重みがあった。冷え切ったスカーレットの体に、久しく忘れていた温もりがしみ込んでいく。


「……どうして、ここに」


「分からない。ただ、おまえが闇に沈むのを感じた。だから……放っておけなかった」


 セルリアンの手が頬に触れる。

 スカーレットは理解できない。なぜ兄は、救えなかった自分を愛そうとするのか。


「……僕のせいだ。スノウに惑わされ、あなたを救えなかった」

「違う。おまえは私を助けようとしただけだ。優しさに、私が甘えてしまったんだよ」


 否定の言葉とともに、兄の唇が頬に触れる。

 その瞬間、無感情だった瞳に揺らぎが走った。


「……セリア……」


「私の最期の言葉を、覚えているか?」

 首を横に振る弟に、セルリアンは静かに告げた。


「――私はおまえを愛している。命に代えても守りたかった。おまえの優しさが、私の生きるすべてだった」


 その言葉は鋭い刃ではなく、柔らかな光となってスカーレットの心を満たす。

 抑え込まれていた感情があふれ、彼の瞳に涙が滲んだ。


「……兄上……僕は……」

「言わなくていい。おまえの心は、私に伝わっている」


 兄の胸に額を預け、声を震わせる。

「……最期の瞬間とき……貴方の手を取れなくて……」


 セルリアンは首を振り、背を撫でる。

「私の命は、もうおまえのものだ。泣くな、スカリー。おまえにはまだ生きる理由がある」


「……生きる理由……?」


「ああ。おまえを愛してくれる人がいる。――その人を幸せにしてほしい」


 ジェイドの笑顔が脳裏に鮮やかに蘇る。

 スカーレットの心に、新しい光が芽生えた。


「……セリア……ありがとう……」


 彼の瞳には感謝と決意が宿り、虚ろな影は消え去っていた。


「さあ、お行き。おまえを待つ人がいる」


 背を押され、光へと歩み出す。

 だが振り返り、震える声で問う。


「……兄上。傍に、いてくれますか……?」


 セルリアンは微笑む。

「もちろんだ。私はおまえの心にいる。王家の闇の魔力が、私の魂を留めてくれる。おまえはもう一人じゃない」


 額に触れる指先から温かな光が流れ込み、魂が融合していく。

 その瞬間、スカーレットの髪は緋色を取り戻し、瞳は再びルビーのように煌めいた。


「……セリア!」


 弟の叫びに、セルリアンは誇らしげに微笑んだ。

 姿は薄れていくが、その魂は確かに弟の内に残った。


「……おまえの道が幸せであることを祈っている。――またいつか」


 声だけを残し、兄の影は闇に溶けていった。

 けれどその存在は、永遠にスカーレットの心に生き続けるのだった。

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