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髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第七幕 王家の記憶-後編-
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7-10 闇に堕ちる

第七幕 王家の記憶ー後編ー

十章 闇に堕ちる



 セルリアンの命の光が消え、スカーレットは迷うことなく禁術を発動した。

 彼の体から、神聖な魔力が静かに、しかし抗えぬ奔流のように溢れ出す。その輝きは、兄を救いたいと願う、ただひとつの純粋な祈りそのものだった。


(…兄上。どうか、どうか…)


 心の奥でそう呟いたとき、スカーレットの瞳には、一縷の希望が灯っていた。

 だが、それは一瞬にして絶望へと変わる。


 禁術の光がセルリアンを包む――。

 けれど、彼の身体に変化は起こらなかった。

 命の灯火は、すでに完全に消え去っており、時間を巻き戻すことはもはや不可能だったのだ。

 王家の禁術は、失せた魂の帰路を開く術であって、時を逆さにする術ではない。開かれた道は、血の鍵が合わぬ先へは繋がらなかった。


 その刹那――。

 鋭い痛みのような衝撃がスカーレットの頭を貫き、古の契約文言が脳裏に焼き付いた。


『効力は血縁のない者同士に限る』

『血縁者には効果が及ばぬ。ただし、術者が背負う呪いは免れない』


 それは声なき声であり、冷酷な宣告であった。

 受け手を得られなかった通路は術者へ折り返す。開かれた門は閉じ切らず、入口だけがスカーレットの内に固定された。

 スカーレットは息を呑む。――これこそが、スノウが決して口にしなかった、禁術の核心だったのだ。


「…そんな、…嘘だ…」


 震える声で呟いたその顔は、絶望に塗り潰されていた。


 彼の体から神聖な魔力が、何かに吸い取られるように急速に失われていく。

 炎の魔力は影へと書き換えられ、血肉の奥まで冷たく蝕んでいった。


 そして心からも、かけがえのないものが流れ出していくのを感じる。

 兄から与えられた温もり。慕う愛情。スノウに欺かれた痛烈な悔恨。

 それらすべてが剥ぎ取られ、闇に沈んでいった。


「あ…、あ…、っ…」


 声にならぬ悲鳴が漏れる。

 凍りついた心が身体を縛り、髪は鮮やかな緋から血濡れのような深紅へ。

 瞳は赤い光を失い、深淵を思わせる黒紅色に染まっていく。

 顔から感情が削ぎ落とされ、氷の彫像のように冷たい美貌だけが残った。


 闇の瘴気がその身を覆い、姿は再び髑髏王へと戻りつつあった。

 スカーレットは、再び同じ闇に堕ちようとしていた。


 そのとき――。


「…スカル!やめるんだ!!」


 鋭く、しかし切実な声が響く。ブラッドリィだった。

 彼の瞳には、怒りと悲哀がせめぎ合っていた。


「おまえはバーミリオン王家の光だろう…! セルリアン殿下の深い愛を宿した心を持っていたはずだ! その光を、消すな!」


 必死の叫びが、スカーレットの闇に届くようにと祈りを込める。


 しかし、返ってきたのは乾いた笑い声だった。

 喜びでも悲しみでもない、ただの虚ろな嘲り。


「はは…、王家の光…。そんなもの、最初から、ない」


 黒紅の瞳がブラッドリィを射抜いた瞬間、彼の胸に深い痛みが走った。

 そのひと言こそ、スカーレットが兄から与えられた愛の記憶をすでに失ってしまった証だった。


「…っ、スカル…!」


 主君だけでなく、大切な友をも失った絶望に、ブラッドリィは息を詰まらせる。


 スカーレットは、その言葉を最後に、完全に闇へと呑み込まれていった。

 意識は遠のき、底知れぬ暗黒に沈んでゆく。


 ――その深淵の底で。


 遠くから、自分を呼ぶ声が聞こえた。

 懐かしく、温かな響き。


「…スカリー…! スカリー…!」


 それは、兄――セルリアンの声だった。

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