6-7 満たされる日々
第六幕 王家の記憶ー前編ー
七章 満たされる日々
スカーレットはバルコニーで夜空を見上げていた。
月明かりは冴え冴えと白く、戦いの火煙に覆われていた日々が幻のように思える。
耳にはまだ、広間から響く笑い声や楽の音が微かに届いていたが、彼の胸はどこか落ち着かなかった。
「……兄上」
小さな声が、夜気に溶ける。
ほどなくして、背後から歩み寄る気配があった。
「スカリー」
振り返れば、セルリアンが月光を浴びて立っていた。その姿は凛々しく、そしてどこか儚げに見えた。
二人並んで欄干に凭れ、しばし無言で月を仰ぐ。
先に口を開いたのはスカーレットだった。
「……僕は、今日の宴を見ていて思いました。誰もが笑って、幸せそうで……。この日々が、ずっと続けばいいのに」
セルリアンは短く息を吐き、静かに微笑んだ。
「私もそう願っているよ。人々が笑って生きられることほど、尊いものはない」
その声は穏やかだった。だがスカーレットには、兄の微笑みの奥に、ほんの一瞬だけ翳るものがあると感じられた。
彼は勇気を振り絞るように問いかける。
「兄上……本当に何も、隠してはいませんか?」
セルリアンはわずかに目を見開き、それからすぐに柔らかい笑みを作った。
「隠し事? 何を言う。私はいつだって、おまえにすべてを見せているつもりだ」
軽く冗談めかし、空を指さす。
「それに見ろ、この月を。私の氷結魔法が夜空に咲いたかのようじゃないか?」
その言葉に、スカーレットは笑みを返した。だが心の奥では、引っかかりが拭えなかった。
(……兄上は優しすぎる。心配をかけまいと、何もかも一人で抱えてしまう)
そんな弟の思いを知ってか知らずか、セルリアンはそっと手を伸ばし、スカーレットの頭に触れた。
温かな掌。幼い頃から何度も感じてきた、守られるような安らぎ。
「スカリー。おまえの存在は、私にとって光そのものだ。戦場の只中でも、城で政務に追われている時でも……おまえのことを思えば、私は立っていられる」
スカーレットは胸が熱くなり、必死に言葉を探した。
「兄上……僕も、兄上の光になりたいんです。兄上が一人で苦しまないように、僕は強くなります。どんな影が迫っても、必ず隣で支えますから」
セルリアンの瞳が揺れた。微笑みはそのままだったが、そこには哀しみの色が滲んでいた。
「……おまえは優しいな。だが、光は闇を見過ぎてはならない。眩しさを失ってしまうから」
その言葉は謎めいていた。だがスカーレットには、それが兄の本心の一端だと分かった。
(兄上は……僕に見せない闇を背負っている)
次の瞬間、セルリアンは弟を抱き寄せた。
「私にとって、おまえは宝だ。だから……笑っていてくれ」
抱擁の温もりは、確かに幸せだった。だがスカーレットの胸には同時に、どうしようもない不安が芽生えていた。
この温もりは、永遠には続かない――そんな予感が、月光の白さとともに、胸に刻み込まれた。




