6-5 揺るがない絆
第六幕 王家の記憶ー前編ー
五章 揺るがない絆
セルリアンの孤独を垣間見た記憶は、スカーレットの胸に重く沈んでいた。兄は誰よりも強く、優しく、誇り高い存在であるはずなのに、その裏で苦しみを抱えているのではないか──そんな予感が、弟の心をざわつかせていた。
だが次の記憶は、その暗い影を振り払うように、温かな光に包まれていた。
王城の訓練場。真昼の陽光が石畳を照らし、白い蒸気が立ちのぼる。スカーレットは訓練の余韻に息を切らしながら、剣を地面に突いて肩で呼吸をしていた。その傍らには、兄セルリアンと友ブラッドリィ。三人は汗を拭いながら、少年のような笑顔で笑い合っていた。
「兄上。ブラッド」
スカーレットが声をかけると、セルリアンは弟の頭を優しく撫で、ブラッドリィは大きな手で肩をどん、と叩いた。その温もりは、どんな言葉よりも確かに、彼の心を満たしていった。
「スカリー。おまえの剣も火炎魔法も、もう立派なものだな。私たちが教えられることなど、もう残っていない」
セルリアンは誇らしげに微笑みながらそう告げた。その瞳には弟への深い愛情が宿っていたが、スカーレットはその奥に、微かな寂しさを読み取った。兄は決して弱音を吐かない。だが、孤独を隠し続けているのではないか──そんな思いが胸を締めつける。
「殿下、それは違いますよ」
ブラッドリィが軽く笑いながら言った。
「スカルがここまで強くなれたのは、殿下がいたからです。殿下が目標であり、支えだったから」
「その通りです」スカーレットも頷いた。「僕は兄上を守るために強くなりたいんです。兄上が、僕の最高の目標ですから」
真っ直ぐな言葉に、セルリアンは静かに笑みを返した。孤独の氷に覆われていた心が、少しずつ解けていくような感覚を覚える。弟と友の存在が、自分を正気へと繋ぎ止めてくれている──そう確信できた。
「二人とも……ありがとう」
セルリアンは肩を並べる二人に手を置いた。その温もりは確かな絆となって、三人を結んでいた。
その時、ブラッドリィが目を輝かせて声をあげた。
「そういえば、次の魔物掃討作戦が近いですよね。楽しみだな、スカル!」
「もちろんだ」スカーレットの胸も高鳴った。「兄上と、僕と、おまえで……奴らを蹴散らそう」
「おまえの火炎魔法、私の氷結魔法、そしてブラッディの剣技。三つの力が合わされば、どんな魔物も恐れるに足らない」
セルリアンの言葉には、弟と友を信じる確固たる信頼が込められていた。
その夜。三人は城の広間で食卓を囲んでいた。長い戦の合間の、束の間の安らぎ。蝋燭の光が金の器を照らし、豪華な料理の香りが広間を満たす。
賑やかな笑いの中、ブラッドリィがふと真剣な面持ちに変わった。
「なあ、殿下。この間も少し触れましたが……最近、騎士団の中で妙な噂が消えないんです」
スカーレットは箸を止めた。胸がざわつく。
ブラッドリィは声を潜めて続けた。
「殿下が……禁忌の魔術を使っている、と」
その言葉に、スカーレットの心臓は跳ね上がった。やはり兄上に関する噂だった。
「ブラッド、兄上がそんなことをするはずないだろう!」
スカーレットは即座に声を上げ、弟らしい必死さで言い切った。
「ああ、俺もそう信じている」
ブラッドリィは頷いた。
「でも噂を流しているのが誰か、気になるんです」
「……ブラッディ、それはただの噂だ。気にするな」
セルリアンは淡い笑みを浮かべながら答えた。
けれどスカーレットには、その笑顔の奥に、隠しきれぬ憂いがちらついて見えた。兄は何かを抱え、それを自分たちに悟らせまいとしている……。
「二人とも、ありがとう。だがもうその話はやめよう。せっかくの夕食だ、美味しい料理を楽しむとしよう」
セルリアンはそう言って盃を掲げた。広間には再び笑い声が戻ったが、スカーレットの心からは不安が拭えなかった。
(兄上は、僕たちに……何を隠しているのだろう)
温かい絆が胸を満たす一方で、どうしようもない影が忍び寄るのを、彼は確かに感じていた。
──この時、三人の絆は揺るぎないものだった。
だが、この絆を引き裂こうとする冷たい手が、すでに彼らのすぐ傍まで迫っていた。




