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髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第六幕 王家の記憶-前編-
60/166

6-1 大帝国バーミリオン

挿絵(By みてみん)




第六幕 王家の記憶ー前編ー

一章 大帝国バーミリオン




 意識が、光の粒子となって闇にほどけていく。


 果てのない暗黒を漂うスカーレットの心は、兄の愛という光に導かれ、過去へと還っていった。それは、凍りついた胸を溶かす炎であり、閉ざされた視界を裂く一筋の光でもあった。


 やがて光は収束し、彼はひとつの場所に降り立つ。


(……ここは……)


 目を開けた瞬間、眼前に広がったのは、城の庭だった。だがそれは、彼の記憶にある荒れ果てた庭ではない。花々は咲き誇り、木々は青々と茂り、太陽は燦々と輝いていた。小鳥のさえずりが響き、城下町の賑わいが風に乗って届いてくる。あまりに鮮やかで、ただの記憶だと疑いたくなるほどの現実感だった。


 そのとき、一人の男の背中が視界に映る。悠然と庭を歩くその姿からは、圧倒的な威厳と揺るぎない自信が漂っていた。


(……父上……)


 幼き日のスカーレットにとって、父は冷たく厳格な存在だった。謁見の間で鋭い眼光を浴びたとき、幼心に息が詰まり、父の手は決して自分に伸ばされないのだと感じた。叱責は覚えていても、優しい言葉を受けた記憶はほとんどない。

 けれど今、目の前にいる王は違っていた。庭に咲く小さな花に目を留め、ほんのわずかに微笑む。視線の奥には、未来を憂う人間的な温もりがあった。


(父は……本当に、この帝国を、そして人々を愛していたのか……)


 スカーレットは戸惑いとともに、自分が過去の記憶を追体験しているのだと悟る。頬を撫でる風、土の匂い――すべてが肌に届く。俯瞰ではなく、確かに「そこにいる」実感。


 心の奥で、彼はジェイドの光を抱きしめた。再び闇に堕ちぬように。

(大丈夫だ。僕は、もう一人じゃない……)


 王は庭を歩きながら、宰相と語り合っていた。


「陛下、隣国との外交は順調に進んでおります。今や我がバーミリオン帝国の力は、この世界で最も強大にございます」


 宰相の声には誇らしさがにじむ。だが王は静かに首を振った。


「慢心は滅びの種だ。力の陰には、必ずそれを狙う影が潜む」


 スカーレットの胸に、その言葉が鋭く突き刺さる。まるで父が、スノウの存在を予見していたかのように思えた。


「それに、魔物の数は以前より増えております。このままでは各国からの援軍要請も止まぬでしょう」


 宰相の進言に、王は深く頷いた。


「ああ。世界の秩序が乱れつつある。いずれは帝国自ら、動かねばならぬだろう」


 遠く森の奥を見やる王の瞳には、帝国の未来への憂いと、かすかな警戒の色が宿っていた。


 スカーレットは、ふと庭の外に視線を向ける。高い城壁の向こうには、広大な城下町が広がっていた。石造りの通りには商人が声を張り上げ、子どもたちが笑いながら駆けていく。職人たちの槌音、香辛料の香り、祈りを捧げる僧の歌声。帝国は豊かさと活気にあふれ、誰もがその繁栄が永遠に続くと信じて疑っていなかった。


 しかしスカーレットには、その風景の隅に、薄い影が落ちているように見えた。祭り囃子に紛れて聞こえる低いうなり、遠い森から漂う澱んだ気配。人々は気づかず笑っているが、彼の耳には不吉な鼓動が確かに響いていた。


 森の彼方から忍び寄るその気配は、今はまだ形を持たない。だが帝国の栄華を土台から侵すには十分な力を孕んでいる――スカーレットはそう直感する。


(……まだスノウは、この世界に足を踏み入れていない……けれど……)


 父の横顔は毅然としていた。だがその眼差しの奥には、誰よりも深い憂慮と覚悟が潜んでいる。

 スカーレットは胸を締めつけられた。自分は父の真意を、幼い頃に何ひとつ理解できていなかったのだ。


 彼は静かに目を閉じ、次なる記憶へ意識を委ねる。

 そこには、第二王子スカーレットとしての日々が待っていた。

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