1-5 それぞれの孤独
ジェイドが城の門前で頭を下げ、スカーレットが去ってから、どれほどの時間が経っただろうか。宵闇の城を取り巻く深い森は、夕闇に包まれ、その不気味さを一層増していた。ジェイドは門が完全に閉ざされる音を聞き、ゆっくりと顔を上げた。旅の疲れと空腹が全身を蝕み、凍えるような寒さが肌を刺すが、彼女の瞳には確かな希望が灯っていた。
「ミィ、行きましょう」
ジェイドは愛猫を抱き上げ、閉ざされた城の門の前に立つ。門は固く閉ざされ、まるで彼女の覚悟を試すかのように、微動だにしなかった。彼女は、この城の主であるスカーレットの言葉を信じていた。「…好きにしろ」その言葉は、彼なりの許しだったと、ジェイドは理解していた。それは、彼女を拒絶する言葉ではない。彼女がそこにいることを、彼は受け入れたのだ。
彼女は、門の前に座り込んだ。旅の疲れからか、全身が重く、意識が朦朧としてくる。しかし、彼女は諦めなかった。
「ミィ、ここで待つの。きっと、いつか門は開くわ」
愛猫のミィは、ジェイドの膝の上で丸くなり、ゴロゴロと喉を鳴らした。彼女もまた、ジェイドの決意を感じ取っているようだった。ミィの温かさが、ジェイドの凍える体を少しだけ温めてくれる。
一方、城の奥深く、スカーレットは広大な自室で静かに佇んでいた。彼の心には、ジェイドの言葉が残響のように響いていた。
「…あなたに宿る孤独を感じます。そして、あなたと同じように、私自身も孤独です」
孤独。
それは、スカーレットが不老不死の呪いを背負って以来、誰にも見せることのなかった、彼の心の最奥に閉じ込められた感情だった。感情を失ったはずの彼に、この少女はなぜ、その孤独を見抜けたのだろう。それは、まるで、自分の心を裸にされたかのような、抗いがたい感覚だった。
スカーレットは窓の外に目をやった。枯れた庭園の先に、門が見える。彼の影の魔力は、ジェイドの存在を微かに感じ取っていた。彼はジェイドがすぐに立ち去るだろうと予想していた。しかし、時間が経っても、彼女の気配は消えることがない。
「まさか、まだあそこにいるのか…」
レイブンがスカーレットの肩に止まり、小さく鳴いた。
「人間とは、厄介なものだな。諦めが悪い」
レイブンの言葉に、スカーレットは返事をしなかった。彼の脳裏に、兄セルリアンの穏やかな顔が浮かんでいた。セルリアンとの日々は、スカーレットにとって何よりも温かく、満たされたものだった。あの頃の自分は、決して孤独ではなかった。しかし、その幸せな記憶は、今の彼を救う術とはならなかった。凍てついた心は過去を追想することを拒み、思い出さえも虚無の中に沈み込ませていく。誰も、僕の今の孤独を埋めることはできない。ましてや、何の力もない、か弱い人間が。
「…無駄なことだ」
スカーレットは呟いた。彼の孤独は、不老不死の呪いによって永遠に続くもの。たとえ一時的に誰かが現れても、やがては朽ちていく運命にある。だからこそ、誰とも関わらず、ただ一人で生きる道を選んだのだ。
しかし、なぜだろう。ジェイドの言葉が、彼の心をざわめかせる。彼女の瞳に宿っていた、自分と同じ「孤独」の影。それは、彼がこれまで出会った誰の目にも見つけられなかったものだった。
その夜、宵闇の城には、普段と異なる静寂が漂っていた。城の主は、未だ門前に座り込む一人の少女の存在を、意識せずにはいられなかった。彼の凍てついた心の中に、微かな、しかし確かな波紋が広がっていた。
ジェイドは、降り続く夜露に打たれながらも、眠ることはなかった。彼女はスカーレットが自分を追いやろうとするのは、彼の孤独と、それに触れられることへの恐れからだと感じていた。だからこそ、彼女はここを離れられない。彼の孤独を癒すことこそが、自分に与えられた使命だと、漠然と感じていたのだ。
二つの異なる孤独が、静かに、しかし確実に惹かれ合っていた。