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髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第五章 いにしえの魔女
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5-10 追憶:古の魔女と青の王子

第五幕 いにしえの魔女

 追憶二 古の魔女と青の王子




 ローズグレイが王都を訪れてから、幾年かが過ぎた。


 その頃のセルリアンは、王太子としての務めを背負いながら、ひそやかに心を蝕む闇と戦っていた。

 彼はかつて、スノウが仕掛けた「千年の孤独」の夢を見せられた。その終わりなき虚無の中で闇の魔力に目覚め、目覚めた後もなお、胸の奥に消えぬ影を宿していたのである。夢から解放されても、孤独の残滓は波のように押し寄せ、彼の心をひたすらに苛み続けた。


 昼は王太子として微笑み、民の前では慈愛を示す。だが夜の帳が降りると、彼は秘密の書庫に身を潜め、闇に抗う術を探して古文書を読み漁った。蝋燭の炎に照らされたその横顔には、王子らしい気高さとともに、言いようのない疲労と絶望の翳りが浮かんでいた。


 ある夜、静謐を破るように、書庫の片隅に淡い光が灯った。

 そこに立っていたのはローズグレイだった。彼女は、彼の纏う魔力の歪みから、苦しみを正確に感じ取り、密かに訪れたのだった。


「ローズグレイ様……なぜ、ここに」


 セルリアンは驚きながらも、すぐに彼女だと悟った。声には、疲弊と絶望が滲んでいた。


「感じたのです。貴方が、一人きりで闇と戦っていることを」


 そう告げ、彼女はそっとセルリアンの肩に手を置いた。その掌から伝わる温かさは、凍りついた心を少しずつ溶かすように、深い静けさをもたらした。


 セルリアンは、張りつめていたものが切れたように息を吐いた。

「私は……スノウの夢から解き放たれた後も、闇に蝕まれています。この力は、いずれ私自身を、そして、この世界を破壊してしまうかもしれない」


 その告白に、ローズグレイは悲しげに目を伏せた。

「セルリアン様。貴方の闇は、ただの破壊ではありません。王家の闇は、すべてを終わらせると同時に、新たな命を芽吹かせる――『再生』の力でもあるのです」


 彼女は、王家に秘された宿命を語った。代々その力は恐れられ、隠され続けてきたこと。正しく継ぐ者だけが、その矛盾した力を使いこなせること。


「本来なら、王の命を受けて、私がその指南をするはずでした。けれど貴方は、スノウに狙われ、道を歪められてしまった……」


 ローズグレイはそこで、闇を「再生」に転じる術を授けた。それは、一度すべてを壊し尽くし、その後に新しい生命の循環を編み直す――恐ろしくも美しい大魔法であった。


 セルリアンは教えを胸に刻み、修練を重ねた。だが彼の内に渦巻く闇は深く、飲み込まれる恐怖は常に彼の背後にあった。


「もしも私が、この闇に堕ちることがあれば……弟のスカーレットを守ってください」


 その言葉に、ローズグレイは静かに頷いた。

「……もし貴方という光を失えば、スカーレット様は闇を継ぐことになります。その時、スノウの呪いが彼を破壊者に変えてしまうかもしれない。だからこそ――闇から彼を呼び戻す手立てを、今のうちに遺しておかねばなりません」


 セルリアンはその忠告を噛み締めた。そして決意を新たにした。

弟を闇から救うために、記録を遺すこと。兄として最後まで盾となり、スノウに立ち向かうこと。


 こうして彼は、秘密の書庫に筆をとり始めた。そこに記す言葉は、未来の弟を導くための遺言となり、やがてスカーレットの歩む運命を照らす灯火となっていくのだった。



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