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髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第五章 いにしえの魔女
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5-8 過去に還る

第五幕 いにしえの魔女

 八章 過去に還る




 ローズグレイは、スカーレットを城の最上階へと導いた。そこには、セルリアンが密かに遺した秘密の書庫がある。重厚な扉に、ブラッドリィから託された鍵を差し込むと、かすかな音を立てて錠が外れ、扉が静かに開いた。


 目の前に広がったのは、膨大な魔術書や古代文献が幾重にも積み重なった空間だった。幼い頃から存在を知っていたはずの書庫。しかし、今、扉の向こうに広がる光景は、ただの書庫ではなく――兄が生きた証が凝縮された聖域のように感じられた。


 書庫の中央には、セルリアンが愛用していた机が据えられていた。その上には、彼が常に傍らに置いていた氷結の杖が静かに横たわっている。杖は主を失った寂しさを湛えつつも、なお冷ややかな輝きを放ち、かすかに氷の匂いさえ漂わせていた。スカーレットが指先で触れた瞬間、温かな兄の魔力と、胸を締めつけるような孤独の余韻が心の奥へと流れ込んでくる。


「この書庫には、バーミリオン王家が代々隠してきた秘密が眠っています。貴方とセルリアン様が宿した、もう一つの魔力に関するものです」


 ローズグレイは奥から一冊の古びた書物を取り出した。頁を開けば、そこにはこの世界の理、そしてバーミリオン王家の「闇」の魔力についての深い考察が記されていた。


「セルリアン様は氷結魔法の使い手であると同時に、貴方と同じ深い闇を抱いていました。スノウによって千年の孤独を味わう夢を見せられ、その絶望の淵で闇を発現させてしまったのです」


 スカーレットは息をのんだ。兄もまた、自分と同じ苦しみに蝕まれていた。常に優しく自分を守ってくれたその影で、どれほどの痛みと孤独を耐えてきたのか。胸の奥に鋭い痛みが走る。


「けれど彼は、その闇を見事に制御しました。外から見れば、闇など宿していないように。スノウでさえ、彼の計画が失敗したと錯覚したほどです」


 ローズグレイは書物をスカーレットに手渡す。掌に受け取った途端、淡い光がにじむ。ページの間から伝わってくるのは、兄の愛の残響。スカーレットの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。かつて呪いに奪われていた感情が、兄の愛に触れて溢れ出したのだ。


「……兄は、私を守り続けてくれていたのか」


 胸に抱き締めた書物は温かく震えていた。それはセルリアンが遺した、最後の希望の灯火だった。


「ええ。そしてその中に、貴方の闇を再生へと導く術が記されています。――過去へ還る術です」


 ローズグレイの声は厳かだった。その魔術は、ただ時間を巻き戻すものではない。己の魂と記憶を遡り、失われた真実を自らの意思で掴み取るための術。だが同時に、それは心を再び絶望の深淵に沈めかねない危うさも孕んでいた。


「この術を用いれば、闇に囚われる前の記憶を取り戻せます。しかし、取り戻したものが貴方を引き裂くかもしれない。それでも――還りますか?」


 スカーレットは迷わず頷いた。その瞳には決意の光が宿っていた。


「還る。真実を知らなければ、スノウは打ち破れない。兄がなぜ命を落としたのか、その答えをこの手で掴まねばならない。兄が私を守ってくれたように、今度は私が――ジェイドを、そして世界を守る」


 静かに目を閉じ、ローズグレイの教えに従い詠唱を紡ぐ。すると、彼の全身が光の粒子へと変わり、空気に溶けるように舞い散っていく。光は逆流する河となり、音も匂いも、温かな記憶さえも巻き込みながら時を遡っていった。


 向かう先は――闇に呑まれる前。兄と共に過ごした、かけがえのない日々。セルリアンの愛が灯火となり、スカーレットの魂を導いていく。


 ローズグレイは、その姿が消えていくのを見届け、静かに微笑んだ。


「さあ、スカーレット様。本当の試練はここからですよ」


 彼女は独り言のように囁き、ゆっくりと扉を閉めた。再び訪れた静寂の中、書庫はひっそりと時の眠りに還っていった。



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