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髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第五章 いにしえの魔女
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5-7 枇杷の姫と翡翠の魔法

第五幕 いにしえの魔女

 七章 枇杷の姫と翡翠の魔法




 ローズグレイの秘密の図書館で、ジェイドの魔術の鍛錬は続いていた。膨大な知識と古代の叡智が詰まった空間で、ジェイドは連日、ロウクワット一族の魔力の真髄を学んでいた。彼女は、心の光を魔力に変える方法を習得し、その翡翠色の魔力は、日を追うごとに、より強く、より安定したものになっていった。


 ある日、ローズグレイは、ジェイドに、これまでとは違う一つの課題を与えた。それは、図書館の奥にある、巨大な石の扉を開けることだった。扉は何千年も前に古代ロウクワット一族の魔力によって封印されており、その扉の向こうには、一族が遺した最も大切なものが眠っているという。


「この扉は、ただの力では開きません。貴女の心の光が、扉に込められた一族の思いと共鳴した時、初めて開くでしょう」


 ローズグレイはそう言うと、ジェイドに、扉の前に立つように促した。ジェイドは、緊張しながらも、扉の前に立った。彼女は、両手を扉にかざし、心の光を集中させた。すると、彼女の掌から、淡い翡翠色の光が放たれ、扉に吸い込まれていく。しかし、扉は、微かに光を放つだけで、開く気配はなかった。


「どうして……」


 ジェイドは、戸惑いながら、ローズグレイに視線を向けた。ローズグレイは、静かに首を横に振った。


「貴女の力は、まだ本物ではありません。貴女の心の奥底にある、本当の光をまだ引き出せていないのです」


 ローズグレイの言葉に、ジェイドは、自分の心の奥底と向き合った。彼女の心の光は、スカーレットを守りたいという思いや、ブラッドリィへの友情、そして、自分を愛してくれたロウクワット一族への感謝の気持ちから生まれていた。しかし、ローズグレイが言う「本当の光」とは、いったい何なのだろう。


「貴女の心に、迷いはありませんか?」


 ローズグレイの問いかけに、ジェイドは、言葉に詰まった。彼女の心の中には、まだ、ロウクワット一族が犯した「過ち」への、深い悲しみが残っていた。一族が、世界を救うために、その血筋を犠牲にしたこと。そして、その魔法が未完成のまま封印されてしまったこと。さらに、後世の生き残りが傲慢な権力をかざす一族になってしまったこと。それらの思いが、彼女の心の光を、ほんのわずかに曇らせていたのだ。


「貴女の力は、悲しみから生まれるものではありません。貴女の力は、喜びや希望、そして、生きる力から生まれるのです」


 ローズグレイはそう言うと、ジェイドの肩に手を置いた。その手から伝わる温かさは、ジェイドの心の迷いを、ゆっくりと溶かしていった。


「古代のロウクワット一族は、決して、悲しみの中で滅んだわけではありません。また、今いるロウクワット達は、名ばかりのロウクワットではない者たちです。古代の彼らは、貴女という、未来への希望を託して、この世界を去った。そのことを、思い出してごらんなさい」


 ローズグレイの言葉に、ジェイドは、スカーレットと出会うまでの記憶をあらためて思い返した。

 生まれてから、ロウクワットという名ばかりの、思い遣りも何も無い一族の中にあって、色々な嫌がらせや迫害を受けてきた。それでもなぜか希望はあると、信じることを諦めようとは思わなかった。そして、旅の行きついた先で、スカーレットと出会い、レイブンとミィがいて、ブラッドリィという友人もできた。彼らは、彼女を愛し、大切に日々を育み、幸せな心をジェイドに惜しみなく与えてくれる。それは、自分の願いだけでなく、いにしえのロウクワットが、彼女に未来を託し、彼女の心を守ってくれていたのかもしれない。そう思い至った時、ジェイドの心の中に、新たな光が灯った。それは、悲しみではなく、一族の思いを受け継ぐ、強い決意の光だった。


 ジェイドは、再び、扉の前に立った。彼女は、目を閉じ、両手を扉にかざした。彼女の心の中に、ロウクワット一族の思いが、波のように押し寄せてくる。それは、世界を愛し、生命を育む、温かい光の記憶だった。そして、彼女は、スカーレットの顔を思い浮かべた。彼を守りたいという強い思いが、彼女の心の光を、さらに強く、さらに鮮やかに輝かせていった。


「……もう、曇らせはしない」


 ジェイドは、そう心の中で誓うと、両手から、全ての心の光を、扉へと解き放った。すると、彼女の掌から放たれた光は、これまでのものとは比べ物にならないほど、強く、眩しい光となり、扉を包み込んでいく。翡翠色の光は、扉に刻まれた紋様と共鳴し、扉の表面を、まるで生きているかのように蠢かせた。


 そして、その光は、城全体に、そして、宵闇の森全体に、広がっていった。城に咲いていた、ブラッドリィが奇術で生み出した花々は、その光を浴びて、一斉に、新たな蕾をつけ、咲き誇り始めた。森の木々は、枯れかけていた葉に、再び生命力を取り戻し、青々と茂っていく。


 スカーレットは、その壮大な魔力の気配を感じ取り、驚きを隠せなかった。その魔力は、ローズグレイやブラッドリィとはまた違う、温かく、生命力に満ちた、圧倒的な存在感だった。


「これは……ジェイドの魔力か?」


 スカーレットは、そう呟くと、広間の窓から宵闇の森を見下ろした。森は翡翠色の光に包まれ、まるで、この世の楽園のように、美しく輝いていた。


 ジェイドは、全身から放たれる光に包まれながら、扉を見つめた。すると、扉は、ゆっくりと、しかし確実に、開いていった。扉の向こうには、光に満ちた空間が広がっており、その中心には、一冊の、古びた書物が置かれていた。


「よくできましたね、ジェイド」


 ローズグレイは、そう言って、ジェイドに微笑んだ。ジェイドは、扉の向こうの光の中に足を踏み入れ、そこに置かれた書物を手に取ると、その書物から、温かい光が放たれているのを感じた。それは、ロウクワット一族の全ての思いと、希望が詰まった、世界を救うための魔法の書だった。


「これが……」


 ジェイドは、書物を抱きしめると、全身が温かい光に包まれていくのを感じた。彼女の心の奥底に眠っていた、ロウクワット一族の全ての記憶が、一気に蘇ってきたのだ。


「私は……私の一族は、間違っていなかった……」


 ジェイドは、そう呟くと、涙を流した。それは、悲しみの涙ではなく、一族の思いを受け継いだ喜びと、決意の涙だった。彼女は、もう、過去の悲しみや孤独に囚われることはない。彼女は、ロウクワット一族の「光」を受け継ぐ者として、スノウを打ち破り、この世界を救うことを誓った。


 ローズグレイは、ジェイドの覚醒を見届けると、スカーレットに視線を向けた。スカーレットは、窓から、翡翠色の光に包まれた森を静かに見つめていた。彼の心の闇は、ジェイドの光によって、ほんのわずかだが、浄化されたように感じられた。


「さあ、スカーレット様。今度は、貴方の番です」


 ローズグレイはそう言うと、スカーレットに、彼の闇の魔力を『再生』の力へと完全に変えるための、最後の指南を始めるために、彼を促した。スカーレットは、ジェイドの覚醒を見て、自分の闇の力を、破壊のためではなく、この世界を『再生』させるために使うことができるのだと確信して、頷いた。



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