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髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第五章 いにしえの魔女
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5-5 世界の理

第五幕 いにしえの魔女

 五章 世界の理




 スカーレットは、ローズグレイという名を聞き、その穏やかな微笑みに触れ、これまで感じたことのない安らぎを覚えていた。それは、ジェイドの温かさとはまた違う、はるか昔、幼かった頃の記憶を呼び起こすような、魂に直接触れる感覚だった。


「ローズグレイ……。やはり、貴女は、私が幼い頃に一度だけ会ったことのある……」


 スカーレットの言葉に、ローズグレイは静かに頷く。


「ええ。貴方がまだ闇に蝕まれる前、私は貴方の父君と旧知でね。剣術を習い始めた頃に、一度だけ顔を見に伺ったのです。とても可愛らしい子でしたよ」


 彼女は優しく言葉を添え、その瞳には深い慈愛と、彼が背負った宿命への悲しみが映っていた。


「さて。まずはジェイドに会わせてもらいましょう」


 スカーレットは頷き、彼女を広間へと案内する。そこではジェイドが心配そうに待っていた。扉が開いた瞬間、彼女は駆け寄る。


「スカーレット様! 無事でよかった……」


 安堵に頬を緩めるが、その隣に立つ魔女の存在に気づき、表情を引き締めた。


「ジェイド。彼女は……」


 スカーレットが説明しかけるより先に、ローズグレイが歩み寄る。


「貴女がジェイドね。ブラッドリィから話は聞いています」


 そう言って、彼女はジェイドの髪を優しく撫でた。その手から伝わる温もりは、自然そのもののようで、生命の息吹を思わせた。


「さあ、二人とも。私がここに来た理由を話しましょう」


 三人はソファに腰を下ろし、レイブンはスカーレットの肩で羽を休め、ミィはジェイドの膝で丸くなった。


 ローズグレイは静かに語り始める。


「この世界には、二つの大いなる流れがあります。一つは命を育む『光』、もう一つは全てを終わらせる『闇』。この二つが、均衡を保つことで世界は成り立っています」


 ジェイドを見つめる。


「ロウクワット一族は、その『光』を受け継ぐ者。彼らは世界を潤し、命を繋いできた。けれど……彼らは、天使の死の雪に抗うため、一族の命脈を賭して一つの魔法を編みました。それが――黎明れいめいまゆ


「……黎明の繭?」


 ジェイドが小さく問い返す。


「ええ。死の雪に呑み込まれる運命を一時的に止め、命を繭に包んで守る魔法。本来は、世界を救うための“猶予”を生むはずだったのです。しかし……天使の加護によって未完成のまま封じられ、一族は力を失いました。けれど、最後の血脈である貴女の中に、黎明の繭の核が宿っているのです」


 ジェイドは強く唇を結び、両の手を握りしめた。自分が背負うものの重さに、胸が震える。


 次に、ローズグレイの視線がスカーレットへと移る。


「そしてスカーレット様。貴方の『闇』は、この世界のもう一つの理。それは破壊の力であると同時に、新たな生命を紡ぎ直す力でもあります。王家に代々伝わる、その闇の本質を古の書では――継命けいめいと呼ぶのです」


「……継命の環」


 スカーレットは低く繰り返し、その胸に重さを覚える。これまで己を苦しめてきた闇に、そんな意味があったのか。


「天使スノウは、その力を奪い取り、貴方を絶望に閉じ込めることで、世界を自分の思い通りに書き換えようとしている。けれど本来、それは再生の力。終わりを迎えた後に、新しい生命を巡らせる環なのです」


 スカーレットの心に、憤りと同時に、小さな希望の光が宿る。


「ローズグレイ……。では、ブラッドが言っていた“僕とジェイドの力が鍵になる”というのは……」


 ローズグレイは頷き、二人の手をそっと重ね合わせた。


「ええ。ジェイドの黎明の繭が死を止め、スカーレット様の継命の環が命を再生させる。光と闇が揃った時、初めて死の雪を打ち払うことができるのです」


 重ねられた二人の掌から、柔らかな光が零れた。闇と光が交わり、温かな輝きとなって広間を照らす。


「さあ、準備はいい? ブラッドリィの期待に応えるために。そして、この世界を、歪んだ愛に覆われる前に守るために」


 ローズグレイの微笑みは、二人の心を確かに支える灯となった。



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