4-9 奇術談話。ブラッドリィの切ないイタズラ
第四幕 稀代の奇術師
奇術談話・ブラッドリィの切ないイタズラ
ブラッドリィが皆を子どもに変えた奇術から一日が過ぎ、城はようやく静けさを取り戻していた。
幼子の姿になっていたジェイドも、ふざけて笑っていたブラッドリィ自身も、今はすっかり元の姿へと戻り、スカーレットは安堵の息をもらした。もう彼が突拍子もない悪戯を仕掛けてくることはないだろう――少なくとも、そう信じようとした。
その夜。
眠りについたスカーレットは、一つの夢に囚われた。
それは、彼が決して忘れることのできない、忌まわしい記憶だった。
――兄セルリアンが病に倒れたあの時。
駆けつけたスカーレットの目に映ったのは、血走った瞳で魔術を繰り返すブラッドリィの姿だった。彼はありとあらゆる術を尽くしていた。だが、どれほどの光と炎が生まれても、兄の荒い呼吸を救うことはできなかった。
「スカル……すまない……俺の魔術じゃ……どうにもならない……」
膝をついたブラッドリィの顔は、悔しさと無力さに歪んでいた。
その横で、セルリアンがかすかな声を絞り出す。
「ブラッディ……もう、いいんだ……。スカリー……お前も……元気で………」
伸ばされた手は途中で力を失い、だらりと落ちる。
瞳から光が失われていく瞬間、スカーレットの世界は崩れ落ちた。頭の中が真っ白になり、声も涙も出てこなかった。
夢の中で、再びその絶望を味わわされたスカーレットは、喉の奥で悲鳴を押し殺すように目を覚ました。
荒くなる呼吸を抑えようと、握りしめた拳で心臓の上を押さえる。
似た夢を見たのは、これで二度目だ。
「……ブラッド」
思わず、友の名が漏れる。
夢なのか、幻なのか――だが胸の奥に残る痛みは確かだった。
スカーレットは手で口元を覆い、呼吸を整えながら、数日前にブラッドリィが口にした言葉を思い出す。
「スノウが君の兄上を殺し、君を不老不死に縛りつけたのは、彼の歪んだ愛ゆえだ」
あの時、ブラッドリィの魔術が通じなかったのは、スノウの干渉のせいだったのか。
そして気づく。
この夢を見せたのは、ブラッドリィの奇術に違いないと。
――兄が倒れたときも、最期を看取ったときも。
あまりの衝撃に、僕は涙を流すことさえできなかった。不老不死となった今では、なおさらだ。
(ブラッド……お前は、僕に泣かせようとしているのか)
心の奥で、スカーレットはその真意を悟る。
彼は、兄の死を悲しむ権利を与えようとしてくれたのだ。涙を閉ざしたままの自分に「きちんと泣け」と告げるように。
スカーレットはベッドを出て、窓辺に立つ。
夜の闇が静かに広がり、月光が石畳を淡く照らしている。
「……ブラッド。お前は……きちんと泣いたのか」
呟いた声は夜気に溶けて消える。
頬を伝う温かい雫に、スカーレットは気づいた。
それは、不老不死の呪いに奪われた心の温もりを、ほんのひととき取り戻すかのように、美しく輝いていた。




