4-8 奇術談話。ブラッドリィのド派手なイタズラ3
第四幕 稀代の奇術師
奇術談話・ブラッドリィのド派手なイタズラ③
パン騒動から数日が経った。
私は、今度こそ静かに執務に専念しようと、執務室の隅々まで調べ上げた。机の下、書棚の裏、カーテンの影――どこにも異常はない。ブラッドリィが大人しくなったのかと、ほんの少し安堵しながら、山のような書類を広げた。
午後、気分転換にとジェイドにお茶を頼んだ。
扉が静かに開く。けれど、現れたのは、いつもの穏やかな彼女ではなかった。
「スカーレットさま……おちゃ、もってきたです」
そこに立っていたのは、小さな女の子。
私の腰ほどの背丈しかなく、大きなカップを両手で抱え、よろよろと歩いてくる。
「ジェイド……?」
信じられないものを見るように声が漏れた。
小さな手が机に届かず、カップが傾ぎ――
「ジェイド!」
私は慌てて立ち上がり、カップが落ちる前に受け止めた。温もりと香りに胸を撫で下ろしつつ、目の前の少女を見つめる。間違いない。彼女の瞳も微笑も、ジェイドのものだった。
そのとき、天井から甲高い笑い声が響いた。
「ははは! どうだいスカル、驚いたかい?」
逆さまにぶら下がっていたのはブラッドリィ。しかも彼の姿もまた縮んでいて、七歳か八歳ほどの少年のよう。赤毛を揺らしながら、いたずらっぽく笑っている。
「……ブラッド」
怒りを通り越し、私はただ呆れるしかなかった。
「今日のテーマは童心だ!」
胸を張る小さな魔術師。
私は深く嘆息し、こめかみを押さえる。
「ブラッド。私の城を幼稚園にするな。それに、大切な者を勝手に子どもに変えるな。怪我でもしたらどうする」
「心配ご無用! 一日で元に戻るし、力もそのまま。外見が小さくなるだけさ!」
ブラッドリィはひらりと床に降り立つと、大人の姿に戻り、幼いジェイドを抱き上げた。小さな彼女は不安げに目を瞬かせる。だがブラッドリィは無邪気に笑い、彼女の髪をくしゃりと撫でた。
「さあ、ジェイド。俺と遊ぼうじゃないか! 冒険という名の宵闇の森へ出発だ!」
そう言うや、彼は少女を抱いたまま窓辺に跳び、夜風のように颯爽と飛び去った。
「……ブラッド。ジェイドを巻き込むな」
私は呟き、深い溜め息をもう一度こぼした。
けれど胸の奥で、彼の奇術を本気で嫌いきれない自分に気づく。
机に残された小さなカップをそっと置き直すと、私は外套を羽織った。奇術師と小さな姫を探すため、静かな森の入り口へと足を向けた。




