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髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第四幕 稀代の奇術師
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4-7 奇術師の忠告

第四幕 稀代の奇術師

 七章 奇術師の忠告




「スカル。スノウは、人の心の隙間に忍び込むのが得意だ。彼の『愛』は、甘美で、とても魅力的に響く。だが、それは毒だ。一度その毒に呑まれれば、抜け出すのは容易ではない。……お互い、彼の言葉に耳を傾けすぎぬよう、気をつけよう」


 低く告げられたブラッドリィの忠告に、私は無言で頷いた。その瞬間、胸の奥に冷たい記憶が疼く。


 ――スノウが私に禁術を囁いた夜。


 彼の言葉は、まるで私の絶望を読み取り、そこに寄り添うかのようだった。耳に届いた響きは優しく、あたかも救済のようで、それゆえに抗い難かった。私の心を縛る鎖は、あの甘やかな声から始まったのだ。


「ジェイドには、まだ話すべきではないだろう」

私は、ゆっくりと声を絞り出す。


「彼女は今、自分の魔力に希望を見出している。過去の闇を告げれば、その希望は恐怖に塗り潰され、力を引き出すこともできなくなるかもしれない」


 ブラッドリィは私の言葉に頷き、目を細めた。


「その通りだ。ジェイドの魔力は、彼女自身の心そのものだ。光で満たされている今こそ、覚醒の時。……彼女の側には俺がつこう。だが、それ以上に必要なのは、君だ。スカル。彼女を護れるのは君しかいない」


「…承知した。ありがとう、ブラッド」


 素直に感謝を告げると、ブラッドリィは意外そうに目を瞬かせ、次いで唇を緩めて楽しげに笑った。その笑みには軽さと真剣さが同居していて、不思議と心が和らいだ。


「さあ、ジェイドのところへ行こうか」


彼は軽やかに手を鳴らした。


「スカル。君は、もう自分の感情を押し殺すのをやめるんだ。感じたままを表に出せ。それが君をさらに強くする第一歩になる」


 私は微笑みを返した。ブラッドリィの背を追い、ジェイドのもとへ歩む。


 少女は机に積まれた古い魔導書を抱え、熱心に頁を繰っていた。その瞳は翡翠色に輝き、光を宿す泉のようだった。


「ジェイド。魔力の本質について、何か掴めたかい?」


 ブラッドリィが柔らかな声で問いかける。

 ジェイドは顔を上げ、嬉しそうに微笑んだ。


「はい。……わかった気がするのです。魔力は、心の光なのだと」


 彼女の言葉に、私もブラッドリィも思わず息を呑んだ。彼女が手にしていたのは難解な理論を綴った書だ。短時間でそこまで辿り着くとは思いもしなかった。


「すごいな……」


私が呟くより早く、ジェイドは続けた。


「ブラッドさんの本を読んでいたら、胸の奥に灯がともるようで……。私の魔力は、心の色。翡翠の光なのだと、そう思えたのです」

「賢い子だ」


ブラッドリィは感嘆の声を漏らし、そっと彼女の頭を撫でた。


「君の魔力は、まさに君そのものだ。だから翡翠色に輝く。……美しいよ」


 ジェイドは頬を赤らめ、それでも瞳の輝きは消えなかった。


「さあ」


ブラッドリィは手を打つ。


「君の力をさらに深めるために、故郷の記録を探そう。この城には古代の文献が眠っている。ロウクワット一族の書物も、きっと残されているはずだ」


 私の案内で、一行は書物庫の最上階へと向かった。普段人の立ち入らぬその場所は、厚い埃に覆われ、空気は重く澱んでいる。

 ブラッドリィが指先から魔法の光を放つと、棚を覆う灰色の層が風に散るように消え、奥からひときわ眩しい輝きが姿を現した。翡翠色の装丁を纏った、一冊の古書。


「これだ」


彼の声は確信に満ちていた。


「ここに、君の魔力の秘密が眠っている」


 差し出された本をジェイドが両手で受け取ると、表紙が静かに開き、淡い光が彼女の頬を照らした。その光は温もりを帯び、彼女の心の奥にまで沁み渡る。彼女の肩が小さく震え、瞳がさらに澄んでいくのを、私はただ黙って見つめていた。


 胸の内に湧き上がったのは、ブラッドリィへの深い感謝。そして、ジェイドを守り抜くという固い決意。…だが同時に、彼女が秘める力の大きさに、私は畏怖にも似た期待を覚えていた。



 その夜。私は自室で眠りについた。

 だが夢の中に現れたのは、これまで忘れていた過去だった。


 兄、セルリアンの笑顔。穏やかで、あたたかい。けれど、その姿は次第に遠ざかり、やがて漆黒の雪が空から降りしきった。


 雪は冷たく、そして恐ろしく美しかった。

 その雪片が兄の肩に触れた途端、彼の身体は静かに硬直し、氷像のように冷たくなっていった。


「兄上――!」


 声をあげようとしても、喉からは音が出ない。

 セルリアンの瞳は凍りつき、やがて雪に呑まれるように倒れていった。


 私は夢の中で叫び声を上げ、次の瞬間にはベッドの上で飛び起きていた。

 汗に濡れた衣服。血の通わぬはずの身体が震え、心臓は激しく脈打っている。


(いまのは……ただの夢か。それとも……)


 荒い呼吸を整えようと、口元を覆う。

 昼間、ブラッドリィが口にした言葉が脳裏をよぎった。


――死の雪。


 あの雪こそが、兄の命を奪ったものなのだろうか。

 答えは闇に沈み、ただ胸の奥で痛みとなって残った。



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