4-6 天才魔術師の証明
第四幕 稀代の奇術師
六章 天才魔術師の証明
図書館の奥まった一角。
棚の影に身を寄せ、私はブラッドリィと向かい合っていた。
ジェイドは中央の机で夢中になって本を読んでいる。こちらには気づいていない。
「スカル。お前があの時使った禁術……誰に教えられた?」
低く抑えられた声。
私はわずかに視線を伏せる。
「……スノウにだ。兄を救う唯一の方法は、時を戻す禁術しかないと……」
「そうか…やはりな」
ブラッドリィは目を閉じ、長く胸に沈めてきた疑念を噛み締めた。
「スカル。お前は殿下が“病”で亡くなったと思っているな?」
「……ああ。あの日、兄上は俺を庇って……謎の雪を浴びた。その後、まるで疫病のように衰弱していった。だから……兄上を殺したのは、俺なんだ」
自分の喉から漏れた声が、ひどく冷たく響いた。
ブラッドリィは首を横に振る。
「違う。殿下を奪ったのは病ではない。“死の雪”だ。神域の呪い。触れた命は十日で尽きる」
私の胸が、鋭く締め付けられる。
「……死の、雪……?」
「あの日、王都に降った白い雪が黒銀に変わっただろう。お前を庇って殿下が浴びたのは、祝福でも疫病でもない。死の雪だった」
「……っ」
視界の端に、あの光景が甦る。
頭上から舞い降りた黒銀の雪。
自分を庇って覆い被さる兄の背中。
その傍らに立っていたスノウの、慈愛を装った穏やかな微笑み。
私は唇を震わせる。
「だが、兄上の側には……俺と、スノウがいた。もしあれが呪いなら……なぜスノウは癒さなかった? 大天使の力があれば――」
「そこだ」
ブラッドリィの声は鋭かった。
「本来なら癒せたはずだ。だが彼は“何もしなかった”。いや、最初からそうなるように仕組んだ。殿下の衰弱は、俺がどんな術を尽くしても抗えないものだった。――つまり、スノウが用いた神域の呪いだったということだ」
「……」
脳裏に、甘く囁く声が蘇る。
“兄を救う唯一の方法は禁術だ”
その言葉が、いかに狡猾であったかを、今さらながら悟る。
私は片手で顔を覆った。
「俺は……兄上を救うどころか、奴の罠にかかったのか……?」
ブラッドリィは静かに頷く。
「殿下は気づいていたんだ。スノウの執着に。『弟から天使を遠ざけねばならない』――そう俺に言った。だが、その直後に死の雪が降った。すべては出来すぎている」
声に悔恨がにじむ。
「当時の俺は無力だった。証明できぬものを断じることはできなかった。だからお前に“病だ”と信じさせたままにした。だが……ずっと調べ続けて確信した。殿下を奪い、お前を呪縛に落としたのはスノウだ」
私はしばらく言葉を失った。
兄に庇わせてしまった罪悪感。
兄を救えなかった無力感。
そして、兄を害した者への激しい憎悪。
それらが胸の奥で渦を巻く。
ブラッドリィの声が、その渦の中に届いた。
「スカル。俺はお前を独りにしない。呪いを解く術を必ず見つける。そして、スノウに打ち勝つ方法を」
私は頷いた。
図書館の灯火が揺れ、二人の影を長く伸ばす。
その影の奥に潜む真実は、あまりにも残酷だった。
だが――確かに感じていた。
孤独に縛られた自分の中に、まだ“人の心”が生きていることを。




