3-8 小噺1 スカーレットの視点
第三幕 天使の来訪
小噺一 スカーレットの視点
あの天使が去った後、城の空気は再び静寂に包まれた。だが、それは以前から馴染んでいた、無色透明の冷たい静けさではなかった。ひび割れた氷の下で、黒い水が揺れているような、不穏なざわめきを孕んだ静寂だった。
スノウ。
彼は、私が感情を失ってからも傍に居続けた。まるで忠実な友を装いながら、実際には僕をその「変わらぬ孤独」の檻に閉じ込めておきたいかのように。セルリアンを失い、帝国の滅びをただ見送るばかりだった頃、彼の存在に疑問を抱く余地すらなかった。空白の時間を埋める駒のひとつとして、そこにあることを許していたに過ぎない。
だが、ジェイドが現れてから、その均衡は崩れた。
スノウは、彼女を「呪い」と呼んだ。
けれど、それは違う。
ジェイドは、僕の凍りついた心に触れるひだまりだ。彼女の笑みは、氷原に差し込む一筋の光であり、その手の温もりは、失われたはずの感情を静かに呼び起こしてゆく。
スノウは過去に縛りつけようとする。
ジェイドは未来へと解き放とうとする。
その違いが、はっきりと分かってしまった。だからこそ、スノウの手がジェイドに伸びかけた時、胸の奥から、抑えがたい怒りが湧き上がったのだ。長き沈黙を破って、初めて自分自身の意志で選び取ろうとする感情が。
私は彼女を失いたくない。
もしもそのために天使さえ滅ぼさねばならないのなら、ためらいはしない。
これは呪いではない。運命でもない。
私が選び、私が守ると決めた――私自身の意志だ。




