表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第三幕 天使の来訪
28/166

3-6 惹かれ合う共愛

第三幕 天使の来訪

 六章 惹かれ合う共愛




「……失礼いたします」


 静謐を切り裂くように、ジェイドの声が落ちた。

 スノウの言葉の切れ間を狙い澄ましたように、彼女はそっと部屋に足を踏み入れる。


 扉を閉める直前、彼女の耳に届いたのは――スノウが懸命にスカーレットを外へ誘う声。

 それを聞いたはずなのに、ジェイドは知らぬふりをした。

 表情は静かで、まるでいつもの日常をなぞるかのように。


 彼女はスカーレットの傍らに進み出て、窓の外を指さした。


「スカーレット様。そろそろ庭に水をやる時間です。……ご一緒にいかがでしょうか」


 たわいもない言葉。

 けれど、その声音は柔らかく、どこか親しげで。


 スカーレットが、わずかに首を巡らせた。

 紅の瞳がジェイドを見つめる。


 スノウは凍りついた。

 ――その反応を、自分はもらえなかった。


 天使のように整った顔が、歪みそうになるのを必死に抑える。

 スカーレットの長椅子が軋み、彼がゆるやかに立ち上がった。


 その足取り。

 先ほどまで自分の傍にいたときの、鋭く張り詰めた歩みではない。

 柔らかい。穏やかで、まるで人間のように温かみを帯びている。


 ――その変化を生み出したのは、自分ではない。


 スノウの胸を、焼け爛れるような痛みが貫いた。


 回廊を抜け、二人は庭へと歩む。

 ジェイドが壺を傾け、水を花に注ぐと、陽光の下で小さな水滴が弾けた。

 その傍らでスカーレットは静かに立ち、目を細めて見守っている。


 ジェイドの指先が疲れに震えると、スカーレットは無言でその頭に手を置いた。

 それはあまりに自然で、親しい者同士にしか許されない仕草だった。


 スノウの銀の瞳が、大きく見開かれる。

 今、彼の見ているものは何だ――?


 これは幻か。夢か。

 いや、現実だ。


 スカーレットが、あの娘に触れている。

 優しく、静かに、寄り添うように。


 その光景を前に、スノウの心の奥底から濁った声がせり上がってきた。


(――奪われている)


 胸の奥で、心臓がいやに重苦しく脈打つ。

 十年ものあいだ、どれほど彼を想い続けただろう。

 会えない日々を、どれほど耐え忍んできただろう。

 ただ彼を救うために。彼を独りにしないために。


 それなのに。


 わずか数年、そばにいただけの小娘が。

 ただ花に水をやり、ただ微笑むだけの存在が。

 王の心をほどき、孤独を溶かしていく。


 なぜ。なぜ。なぜ。


 胸の奥に、黒い炎が渦を巻く。

 銀の瞳に、冷たい光が宿る。


「……僕を独りにするなんて……僕は、絶対に認めない」


 声は震えていた。

 怒りか、哀しみか、それとも狂気か。


 スノウの内でひとつの確信が生まれる。

 スカーレットを救えるのは、自分だけ。

 彼の不老不死を解き、孤独を終わらせるのは、自分だけ。


 あの娘にはできない。

 あの娘にできるのは――ただ彼の心を汚すことだけだ。


 その考えにしがみつくほどに、胸の奥に渦巻くのは、抑えきれぬ嫉妬。


 触れるな。

 彼を笑わせるな。

 その傍に立つな。


 全ては僕のものだ。

 髑髏王は僕のものだ。

 あの娘など、不要だ。邪魔だ。


 スノウの顔から、天使の微笑みが剥がれ落ちる。

 銀の瞳は、もはや慈愛の輝きを宿してはいなかった。


 渦巻くのはただひとつ――独占欲と憎悪。

 それは天使の顔をした怪物の眼差しだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ