3-3 なれなれしい親愛
第三幕 天使の来訪
三章 なれなれしい親愛
スノウは、城の中に招き入れられると、その白い翼をふわりと広げ、外観の荒れ様とは打って変わり、荘厳な佇まいの大広間を見回した。銀色の瞳は、窓から見える崩れかけた外壁と、その内側の上品な壁の装飾が共存している状況を興味深く貫くように光を放っていた。
「相変わらずの趣だね、スカル。この寂れた城壁も絢爛な内装も、君らしくて僕は嫌いじゃないよ」
軽やかな声でそう言うと、彼は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、スカーレットの傍らに立つジェイドに目を止めた。
「ところで、そちらの美しいレディは?」
唐突に向けられた視線に、ジェイドはわずかに肩を強張らせながらも、礼を欠くまいと丁寧に頭を下げた。
「わたくしはジェイドと申します。このお城に住まわせていただいております」
「へぇ…。君のような愛らしい子が、こんな場所で…」
スノウは囁くように言い、ジェイドの頬へと手を伸ばそうとした。だがその指先が触れるより早く、スカーレットの影の魔力が目に見えぬ壁となって立ちはだかる。ぴたりと止められた手先に、スノウは瞬きを繰り返した。
無感情な瞳のまま、スカーレットは短く告げる。
「私の客人に、むやみに触れるな」
その声音に、スノウは呆気にとられたように目を見張る。ほんの一瞬、完璧な笑みを消し、銀の瞳の奥に冷たい光を宿したが、すぐにまた柔らかな表情へ戻った。
「おやおや、随分と過保護になったものだね、スカル。以前の君なら、見向きもしなかっただろうに」
彼は面白がるように笑い、スカーレットの腕へと自分の腕を絡める。しかしスカーレットは煩わしげにそれを外し、無言のまま距離を取った。
(あ……まただわ)
後ろから二人のやり取りを見ていたジェイドは、スカーレットがスノウの接触を拒む様子に気づく。
(親友なのよね……?)
スノウはめげずに肩へ手をのせ、腕を取り、何度も距離を詰める。スカーレットはその度に淡々と距離を開ける。その奇妙なやりとりを、ジェイドは落ち着かない気持ちで見守るしかなかった。
ついにスノウはスカーレットの腕を強く掴み、笑みを浮かべたまま声を落とした。
「スカル。君と会うのは十年ぶりだけど、この城に君以外の誰かが住んでいるなんて、思ってもみなかった。それも、君と対極の光の子だなんてね。…君の呪いを解くために、僕がどれほど心を砕いてきたか、覚えていないだろうけれど、僕は君の真の救い主なんだ。その娘がくれたような偽りの安らぎなどではなく。本当の感情を取り戻したら、僕と二人でこの世界を旅をする。それが、僕の願いだよ」
スカーレットは、じっと銀の瞳を見返す。その奥に、ジェイドを「偽り」と断じる高慢な光を感じ取り、ふっと鼻で笑った。
「…私の呪いを解く、か。おまえがそれを望んでいるとは思えないな」
その言葉に、スノウの笑顔がわずかに揺らぐ。次の瞬間、窓辺にいた烏のレイブンが羽音を立てて飛び立ち、スカーレットの肩に止まった。黒い翼を広げ、低く唸る。
「性懲りも無くまた来たのか、白鷺。主は貴様の言葉になど耳を傾けぬ。とっとと帰れ」
鋭い声に、スノウは逆に愉快そうに笑った。
「はは!このカラスは、ずいぶんと口が利けるようになったんだねえ。…でも、君の主は、君の言葉には耳を傾けているのかな?」
そう言いながら、スノウはゆっくりとジェイドへ視線を移す。銀色の瞳が、彼女を測るように冷たく光った。
「ところで、ジェイドといったかな。君は自分の魔力を正しく理解しているかい?…君の力は随分と純粋だ。そして、一歩違えば残酷なものにもなる。ロウクワットが慌てて君を取り返しに来たのも無理はない。問題は、きちんと力を制御できているかどうか、だけど……どうやら君は、その本質すら知らないようだね。もし力が暴走すれば、スカルを傷つけることになるかもしれない」
その言葉は、ジェイドの心に鋭い棘を突き立てた。自分が持つ魔力の大きさを、彼女はこれまで想像すらしていなかった。だが「スカーレットを傷つけるかもしれない」という一言が、全身を震わせる。胸の奥に不安の闇が広がり、指先まで冷たくなるのを感じた。




