3-1 日常になりつつある変化
第三幕 天使の来訪
一章 日常になりつつある変化
ロウクワット一族が宵闇の城を去ってから、幾月もの時が流れた。彼らが残した泥と屈辱の跡は、ジェイドの手によって完全に拭い去られ、庭園には新しい花々が、以前よりも力強く根を張っていた。冬の厳しさが去り、春の兆しが訪れる頃、かつては死と静寂に包まれていたこの城は、微かな生命の息吹と、穏やかな温かさを帯びるようになっていた。それは、私とジェイドの関係が、日々深まっている証でもあった。
ジェイドの朝は、変わらず早い。夜が明けるか明けないかの時間から、彼女は城の隅々まで目を配り、埃一つ残さぬよう丁寧に掃除を終える。廊下の冷たい石床を磨く彼女の動きは滑らかで、その指先からは、ほんのわずかに清浄な光の魔力が放たれていた。その光が触れるたび、古びた壁のくすみは消え、窓ガラスは磨かれた宝石のように輝きを増していく。……気づけば、城全体が彼女の存在によって生まれ変わっていた。
掃除を終えると、彼女は庭園へと向かう。土に触れ、花に語りかける姿は、この場所が彼女自身の体の一部であるかのようだ。春の柔らかな日差しが差し込む庭園は、彼女の癒しの力と、私の影の魔力が溶け合い、この世のものとは思えぬ幻想をまとっていた。枯れかけていた草木は鮮やかな緑を取り戻し、花々は咲き誇る。……生の匂いが満ちていく。かつて「髑髏の庭」と呼ばれた場所は、今や「翡翠の庭」と呼ぶにふさわしいものへと変わりつつあった。
私は、そんなジェイドの姿を以前よりも近くで見守るようになった。最上階から、廊下の窓から……気づけば彼女を目で追っている。彼女の一挙手一投足に、胸の奥がざわめく。……これは何だ。胸の奥に、かすかな温もりが残響のように広がる。忘れていた感覚だ。
私が窓辺に佇むと、ジェイドは視線に気づき、そっと微笑む。その笑みに、私の影が揺らめいた。……彼女が笑うと、魔力がざわめく。まるで喜んでいるように。
夕食の時間は、私たちにとって最も大切なものとなった。ロウクワット一族との一件以来、私は彼女の用意した食事を黙って口にしている。今では、小さな食堂で向かい合い、共に食事をとるのが日常となった。会話は少ない。ほとんどの場合、ジェイドが今日の出来事を静かに話し、私はただそれを聞いている。……私は言葉を持たない。ただ、彼女の声を聞いているだけで十分だった。
「スカーレット様、今日は庭に新しい薔薇の苗を植えました。きっと、来年には美しい花を咲かせてくれるでしょう」
楽しそうに話すジェイドに、私は無表情のままわずかに顔を向ける。それだけで、彼女は受け取ってくれる。私の傍らにはミィが丸くなり、肩にはレイブンが静かに止まっている。……奇妙な取り合わせだが、この時間には安らぎがあった。彼女の用意する温かな食事と、優しい声が、城の冷たい空気を少しずつ溶かしていく。
ジェイドは、この城を、そして私の傍を自らの居場所とした。もう彼女は無力な娘ではない。彼女の癒しの力は確かに成長し、この城を、そして私自身を癒していた。……いつの間にか、この場所は彼女にとって「家」になっていた。
夜更け、彼女は窓辺に立ち、月明かりに照らされた庭園を見下ろす。その光景は、私と彼女の力が溶け合い、独自の輝きを放っていた。まるで私たちの関係を象徴しているかのように。
彼女は願っている。この穏やかな日々が永遠に続くことを。……そして、私は。
私は声にしない。ただ、彼女の祈りを受け取りながら、この時を壊したくはないと、心の奥で思っていた。




