2-7 宵闇の庭を踏み荒らした者たちの末路
第二幕 朽ちた果実
七章 宵闇の庭を踏み荒らした者達の末路
スカーレットの圧倒的な力の前に、ロウクワット一族は完全に絶望していた。倒れ伏したルビアは、泥に塗れた顔を上げ、スカーレットの冷ややかな瞳を見つめる。その瞬間、彼の心臓は恐怖で破裂しそうなほど脈打った。これまで軽んじ、見下してきた者たちの姿が走馬灯のように脳裏を駆け抜ける。中でも最も深く侮辱し、追放したはずの「異端の娘」が、今や髑髏王の庇護のもとで自分を見下ろしているという皮肉な現実が、彼を打ち砕いた。
「貴様らが、この庭を――そして彼女を汚そうとした罪は重い」
スカーレットの声は、氷の刃のようにルビアの耳を刺した。絶対的な力の重みを孕んだその響きに、もはや言葉を返す余地はない。ルビアの胸中には、傲慢さの影は跡形もなく、純粋な恐怖と悔恨だけが渦を巻いていた。自分たちの世界の中心はとうに崩れていた――その事実を、いま初めて突きつけられたのだ。
スカーレットが右腕を広げると、漆黒の影が指先から零れ落ち、一族一人ひとりに絡みついた。影は生き物のように蠢き、骨の髄へと染み込んでいく。締めつけは痛みというより、存在そのものを否定される感覚だった。まるで魂を掴まれ、冷たい闇に引きずり込まれるような。
「貴様らの最も大切にしているものをもって、その罪を償わせる」
ルビアの額に指を向けると、そこから迸る影の魔力が彼の魔力を吸い上げ始めた。ジュウ、と水を焼くような音が響き、ルビアの体は悲鳴と共に崩れ落ちる。彼が誇りとした光は奪い尽くされ、存在の根幹が剥ぎ取られていく。仲間たちも同じように生気を失い、二度と魔力を操ることはできなくなった。
命は奪わない。ただ、彼らが最も軽蔑した「魔力なき者」として生きながらえさせる。――それは死よりも恐ろしい罰だった。
スカーレットは冷ややかに彼らを見下ろし、指を突きつけた。
「この私の怒り、そしてこの城の闇に、二度と逆らわぬと誓え」
その言葉と同時に、影の刻印が一族の心臓に焼き付けられた。誓いを破れば、その瞬間に命が潰える絶対の契約。恐怖に震えながら、彼らは頷くしかなかった。
ジェイドは静かにその光景を見つめていた。復讐の快感はない。ただ、かつての悲しみと理不尽が、ようやく洗い流されていくような静けさが胸に広がっていた。彼らはもう、彼女を傷つける力を持たない。傍らに立つスカーレットの存在が、胸の奥を温かく満たす。だが、その裁きの光景は、同時に彼の恐ろしさを突きつけてもいた。
スカーレットは誓約を終えると、興味を失ったかのように踵を返した。
「二度とこの城に近づくな。この庭を、私の領域を、二度と汚すな」
その言葉が、敗残者たちの魂を縛りつけた。ロウクワット一族は、異端の娘に背を向けたまま、獣のように這いながら夜の闇に消えていった。
戦いが終わり、静寂に包まれた門前で、ジェイドは深々と頭を下げる。
「スカーレット様…ありがとうございます。私を…守ってくださって」
スカーレットは何も言わず、彼女の頭に手を置いた。影の魔力が指先から染み込み、彼女の心を静かに慰めていく。無骨な仕草の奥に、彼なりの優しさがあった。
「……汚された庭の手入れは、明日からだ」
その言葉を残し、彼は城内へと歩み去る。その背は、孤独を抱えながらも、どこか柔らかく見えた。
その夜。ジェイドは温かなスープを手に、彼の部屋を訪れた。扉を開けると、スカーレットは書見台に向かい、静かに書を読んでいる。ジェイドは言葉もなくスープを置いた。
「……スープが冷めないうちに」
スカーレットは本から顔を上げ、翡翠色の瞳を見つめ返す。
「……感謝する」
短い言葉に、これまでのどんな言葉よりも温もりが宿っていた。ジェイドは胸の奥から熱が込み上げ、そっと微笑む。
「スカーレット様、あの――」
庭で見つけた石碑のことを伝えようとした瞬間、彼が静かに遮った。
「ロウクワット一族が、私の城に来た理由は他にもある」
ジェイドは驚きに息をのむ。
「……彼らはおそらく、私の兄の行方を探している。セルリアンを」
その声は穏やかでありながら、遠い。ジェイドの心に温かさと同時に、不安の影を落とす。
――物語は終わらない。むしろ、ここから始まるのだと告げるように。




