2-6 髑髏の怒り
第二幕 朽ちた果実
六章 髑髏の怒り
スカーレットの背後に浮かび上がった巨大な髑髏の幻影は、城全体を覆い尽くすほどの威容を誇っていた。その眼窩から放たれる漆黒の光は、ロウクワット一族の光の結界を瞬く間に飲み込み、まるで絵の具が剥がれ落ちるように色を奪っていく。結界が崩れるたびに耳をつんざくような悲鳴が響き、一族の者たちは自らの魔力が逆流し、血管を焼かれるような痛みに顔を歪めた。光は闇に否定され、存在そのものを塗り潰されていく。空気は重苦しく震え、息を吸うだけで肺が焦げつくような匂いが漂った。
「ば、馬鹿な……! これほどの闇の魔力だと……!?」
ルビアは蒼白な顔で叫んだ。彼の放つ光の魔力は、スカーレットの影の前では砂上の楼閣にすぎない。自らの誇る力が脆く砕かれていく光景に、一族の誰もが震え、後ずさった。信じてきた理――闇は光に劣る、という思い込みが、音を立てて崩れていく。
「貴様らのような欲に塗れた光に、私の領域を汚す権利はない」
その声は城の門前一帯を震わせ、地の底から響くように重く冷たかった。そこには憐憫も赦しもなく、ただ長い孤独の中で培われた絶対的な意志だけがあった。
右腕を掲げると、漆黒の影が渦を巻き、螺旋の中心に小さな球体が形を取る。凝縮された闇は漆黒の太陽のように脈打ち、周囲の空間を歪ませた。放たれる波動が全ての光を吸い尽くし、世界は一瞬で宵闇に沈む。木々はざわめきを止め、鳥たちは声を失い、ただ鼓動の音だけが不気味に耳に残った。
「……消え失せろ」
その囁きと同時に、闇の球体は雷のごとく弾け飛び、光の結界を脆い硝子のように粉砕した。砕ける閃光が散り、押し寄せた衝撃波が一族を次々と吹き飛ばす。魔導具は影に触れた途端、ひび割れて砕け散り、長く誇りとした結晶は塵へと帰した。
「ぐああああああっ!」
悲鳴と共に倒れ伏す一族。豪奢な衣は泥にまみれ、枇杷色の髪は土埃に汚れ、瞳からは誇りが消え失せている。彼らが見下してきた者たちと同じように、圧倒的な力の前にただひれ伏すしかなかった。
スカーレットは無言で彼らを見下ろした。感情の読めない双眸は、それだけで刃のように鋭く、誰よりも恐ろしい。
ジェイドは呆然と立ち尽くした。恐ろしい。けれど、その恐怖を超える安堵が胸を満たしていた。自分のために、城のために、彼が怒ったのだ。その事実が嬉しくて、けれど同時に――この力がもし暴走したなら、自分さえも焼き尽くしてしまうのではないかという微かな不安が、影のように寄り添っていた。
ミィは足元で尾を振り、レイブンは肩で沈黙を保った。二匹は知っていた――主の力は未だ衰えず、触れてはならぬものを侵した愚か者たちに、相応しい報いが訪れることを。
スカーレットは、倒れ伏すルビアの前に歩み寄る。ルビアは命乞いをしようと口を開くが、その声は喉に凍りつき、音にならない。
「貴様らが、この庭を……そして彼女を汚そうとした罪は重い」
冷ややかな声が耳元を突き刺す。
その瞬間、ロウクワット一族の心に刻まれたのは、二度と逆らえぬ絶対的な恐怖だった。




