17-6 守り刀
第十七幕 虹色の盾
第六章 守り刀
日差しの穏やかな午後、宵闇の城の一角を歩いていたときだ。
俺は、ふと足を止めた。扉の隙間から覗いた物置の奥に、見覚えのある木箱が転がっていたのだ。
引き寄せられるように箱を開けると、埃をかぶった一本の木剣が出てきた。
柄には、赤い護石が埋め込まれている。
俺がまだ十歳にも満たない頃、少年のスカルに持たせたものだ。
正剣を扱うには幼すぎた彼のために、護身のまじないを込めて創った護石。
見た目は粗末でも、俺にとっては初めて「誰かのためだけに」作った魔術だった。
今や石はすっかり色褪せ、透明度もなく濁っている。
だが指先で撫でながら魔力を流し込むと、くすんだ表面がわずかに透き通り、赤の奥に眠っていた光が蘇った。
胸の奥が、ひりつくように熱くなる。
あの頃は、こんな小さな物でも、確かに彼を守れると信じていた。
「……こんなところにあったのか」
背後から声がして、思わず振り向く。
そこに立っていたのはスカルだった。
いつの間にか俺の肩越しに木剣を覗き込み、その瞳が懐かしむように細められていた。
「何だ、探してたのか?」
「……ああ。私の原点だからな」
「原点? それは初耳だな」
「……いや、違う。原点じゃなく、守り刀か」
「……え?」
短い応答に、時間が巻き戻る。
王族の幼年期は、外からは見えない重圧と危険に満ちていた。
妬みも、嫉みも、操ろうとする声も。
兄の影に隠れ、常に妬みと憎悪の視線に晒され、甘言で操ろうとする大人たちに囲まれて。
スカルにとって、信じられる存在は数えるほどしかなかった。
そんな中で、初めて「信じていい」と思えたのが、俺だったと。
木剣と護石は、その証であり、彼が不安を抱えながらも踏みとどまれる拠り所だったのだろう。
スカルは柄を撫で、静かに息をついた。
「見つかってよかった。お前の守りは、いつも本当に心強い」
その顔は、久しく見ていなかった、はにかんだような笑みを浮かべていた。
セルリアンに見せる安堵とも、ジェイドに向ける優しさとも違う。
無邪気に木剣を振り回していた少年の名残をかすかに宿す笑顔だった。
胸の奥が焼けるように熱い。
俺は奇術によって幾度も器を取り替え、痛みを抱えながら生き延びてきた。
それでも孤独に似た寂しさは、いつも心の隅で燻っていた。
――もう、スカルにはジェイドがいる。セルリアンの魂も、彼を支えている。
そう思うたびに、俺の存在はもう必要ないのではないかと、不安が影を落とした。
だが、今は違う。
護石を前に笑う彼の姿が、はっきりと示していた。
俺もまた、彼にとっての「守り」なのだと。
あの日々を、互いに忘れてはいなかった。
幼い頃の誓いは、まだこの手の中に残っている。
その事実が、何よりも胸を温めた。
廊下に出ると、風がカーテンを揺らしていた。
スカルは木剣を抱えたまま、少し照れくさそうに笑った。
「……馬鹿みたいだな。こんなものに、まだ縋ってるなんて」
「馬鹿で結構だ。……お前のそういうところが、俺には救いだ」
自分でも驚くほど素直な言葉が口をついた。
スカルは少しだけ目を見開き、そしてまた微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥の孤独は少しだけ和らいだ。
――どれだけ記憶を失っても。
――どれだけ闇に堕ちても。
彼は必ず、光を取り戻す日がある。
俺がその傍に立ち続ける限り。




