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髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第十七幕 虹色の盾
160/166

17-1 眩い出会い

挿絵(By みてみん)





第十七幕 虹色の盾

一章 眩い出会い




 俺の人生は、最初から俺自身の意思で決められたことなんて一つもなかった。

 孤児院の薄暗い回廊。煤けた石壁に染みついた湿気の匂い。飢えを紛らわせるためにいつも冷えた空気を吸い込んでいた。泣く子どもと、無理に笑う大人の声だけが響くその場所で、俺はひとり余計に冷めた目をしていたと思う。

 他の子どもたちが、パンのかけらを奪い合いながら将来を夢見る声を上げるなかで、俺はただ――世界なんてそんなに綺麗じゃない、と知っていた。生まれた瞬間から棄てられた俺が証拠だった。


 けれど七歳のある日、俺の身にまとわりつく“色”を見抜いた修道士が現れた。

「ブラッドリィ・ブルー。この子は学院に送るべきだ。特別枠に……」

 その男の声は決定事項のように響いた。俺が望むかどうかなんて、誰も気にも留めなかった。俺はただ、手を引かれるままに孤児院を出た。

 王立学院。高い塔、磨き抜かれた石床、そして冷ややかな視線。生まれながらの貴族の子供に混じり、孤児院あがりの俺は珍獣みたいに見られた。

 だが、成績は常に首席だった。俺が望んだわけじゃない。ただ、頭の中に入れられた知識を機械的に処理して答えを出すのは、呼吸と同じくらい容易かったからだ。

 ……だけど心はいつも空っぽだった。学力も魔力も、大人が勝手に欲しがって押し付けてきたものに過ぎない。何の意味もない。俺の生きる理由なんて、どこにもなかった。


 そんな俺の前に現れたのが、第二王子――スカーレットだった。

 彼が学院に入ってきた日のことを、俺は今も忘れられない。

 白い陽光の差す校庭。風に揺れる緋色の長髪。誰もが息を呑むほど整った顔立ち。まるで絵本から抜け出してきたかのように見えた。

 ……けれど俺が驚いたのは、その姿じゃない。

 俺を一瞥した彼が、目を輝かせて笑ったんだ。


「凄く綺麗!」

 そう言って指さしたのは、俺の身体から無意識に漏れ出していた七色の魔力のオーラだった。


 あまりにも無邪気なその言葉に、俺は思わず鼻で笑った。

「……お前、頭おかしいんじゃないか? 高貴なお前が俺なんかに構うな。得なんて一つもない」

 俺は、これまで大人から“利用価値”しか見られてこなかった。だからこそ、自分を綺麗だなんて言葉で肯定されたことに、居心地の悪さしか感じなかった。

 けれど彼は首を傾げただけで、何のてらいもなく言い切った。


「何がいけないの? 君は君でしょ?」


 その瞬間、俺の中で何かが崩れた。

 偏見も計算もなく、ただ俺という存在を見て笑っている。そんな人間は、この世界に存在しないと信じていたのに。


 それからというもの、スカーレットは俺に絡み続けた。

 授業の合間、休み時間に魔術の実演を見せると、彼はわざわざ俺の肩を叩いて「ねえブラッド、今の見た?すごいだろ?」と子どものように自慢してくる。

 食堂に行けば当然のように隣に腰を下ろし、周囲の貴族子弟が露骨に眉をひそめても知らん顔で皿を分け合った。

 訓練場では、木剣を握って何度も挑んできた。俺が淡々と受け流すと、「もう一回!」と笑って立ち上がる。その額には汗が光り、頬は泥だらけ。けれどその笑顔は、どんな貴石よりも眩しかった。


 俺は突き放そうとした。孤児院出身の俺と関われば、彼の評判に傷がつくのは目に見えている。だが、彼はまったく気にしなかった。


「どうせなら二人で首席を争おうよ!」

「魔術の実験、君がやると虹みたいで綺麗なんだ」


 そんな言葉を平気で投げてくる。貴族たちの囁き声や侮蔑など、彼には届いていないかのようだった。


 不思議なやつだと思った。いや、苛立たしかったのかもしれない。俺の理屈や計算を全部無意味にする存在。

 だが同時に、俺の胸に初めて小さな灯がともった。

 ――もしかしたら俺は、この世界に居てもいいのかもしれない。


 その日から、俺の人生は少しずつ色を取り戻していった。


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